第1章

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 この青年は、六〇〇メートル先からの狙撃を意識的に頭を振って『躱した』のだ。  当然、そんな事、ただの人間にできる訳がない。だが、青年はそれを当たり前のように実行し、それだけでなく、先述の通り『六〇〇メートル』の距離を一瞬で詰め、『二〇階建て』のビルの屋上まで一瞬で登ってきた。 「いやいや……一応警戒しといて助かったぜ……この街に戻ってきてから、もう何回襲われたか分かったモンじゃねえな」青年はガシガシと後ろ髪を掻きながら言った。「こりゃあ……ちょいと急いだ方がいいかもな。『彼女』にも危害が及ぶかもしれねえ」  今、自分がどういう表情をしているのか分からない。  ただ、自分の唇が異常に乾いている事だけは感じ取れた。  青年は周囲を見回して、「それにしても、ずいぶんと懐かしい場所だな……」と呟いた。「七年ぶりくらいか……ま、『彼女』以外には嫌な思い出しかないけど」  久郷と青年の佇むビルの周囲には、ここと同じくらいの高さの建物が乱立している。  建物の側面には黒い焦げ跡が刻まれていて、窓枠にガラスははまっておらず、屋上に来るまでに通った部屋の中は、泥棒にでも荒らされたかのように、酷い有り様となっていた。  巨大な建造物が乱立する、この一帯は急造の壁で囲われていて、本来なら立ち入りとなっている場所だ。過去に大火事が起きた事により、封鎖された集合住宅街である。取り壊す費用すら惜しいのか、数年に渡って放置されているのが現状だ。  青年は、その整った顔立ちから覗く切れ長の目をこちらに向け、口角をつり上げて、「オッサン、まさかビビってる?」と緊張感のない声で問いかけた。 「…………」 「おいおい、だんまりかよ。ヒトに鉛玉ぶち込もうとしておいて、そりゃないんじゃね?」  特に気を悪くしたような様子もなく言葉を紡ぐ青年。それと同時に、彼はおもむろに虚空に手を伸ばす。身構えるこちらを無視して青年は呟いた。 「――『セフィロト』」  瞬間。  目を焼き焦がすような、青白い閃光が青年の右手から発せられた。 「なッ!?」目を見開く久郷。 「そんじゃー第二ラウンド開始だぜ、オッサン?」青年が言い終わると同時、彼の右手から発せられていた閃光が、まるで生きているかのように動き出した。  粘土のようにぐねぐねと。四方八方に青白い光をばらまいていたそれは、徐々に収縮し、何かのシルエットを形作る。
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