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(いや……違う。自身があるとかそんな事じゃない……。気にする必要すらないんだ……。ヤツは俺の事など眼中にない。ヤツにとってコレは『戦い』じゃない。ただの……単なる『虐殺』だ……!)
――自分が生き残る為だけに、全身全霊を注いでいる久郷。
――自分と違い、この状況を楽しんでいる青年。
この二つが、今この状況で、彼ら二人の明確な立場の差を生んでいる。肉食獣同士の戦いではなく、肉食獣と草食獣の関係。狩る者と狩られる者。
だが。
――だからといって、一方的に喰われる義理はない。
草食獣にだって、抗(あらが)う権利くらいは与えられている。その手段は様々。あるものは『角』であったり、またあるものは『脚』であったり。
自分には――『兵器』。無骨な金属の塊が、彼の牙。
「…………」もはや邪魔なだけの消音器を取り外し、銃の引き金にゆっくりと指をかける。指が震える。鼓動が高鳴る。呼吸が荒くなる。それらが引き起こされる原因となる感情を押し殺し――覚悟を決めた。
身を翻(ひるがえ)し、粗大ゴミの陰から飛び出すと同時。
「――――――――ッッッッッッッッッ!」
細かい狙いをつける事もせず、サブマシンガンを連射した。狭い路地裏に響き渡る銃声。辺りを埋め尽くすほどのマズルフラッシュ。
しかし、それらは一瞬にして虚空に消え去り、床に落ちた空薬莢(からやっきょう)の乾いた音を最後に、静寂が訪れる。巻き上げられた砂埃が、周囲を包み込む。
(どうだ……!?)完全に意表をついた自信はあった。反応不可能な速さで、ありったけの鉛玉を叩き込んだのだ。鼓膜を突き刺す轟音の中で、銃弾が何かを食い破る音も聞こえた。
「――してやられたね」
変わらず、楽しさを含ませた青年の声が響く。砂埃の中に黒いシルエットが浮かび上がり、左のこめかみから一筋の血を滴らせる青年が姿を現す。
黒いジャケットは薄く砂埃(すなぼこり)がかかって汚れているが、それだけだ。青年からは、こめかみ以外に負傷は一切見られなかった。
「オッサンがあまりにも速すぎたんで、『防御』が遅れちまったよ」
軽い調子で話す青年の周囲には――無数の弾丸が浮いていた。
否――違う。弾丸は受け止められていた。
熱された鉄板から発せられたような、ジリジリという音。目を焼き焦がすかと思うほどの、青白くまばゆい閃光。
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