第1章

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 五十嵐は、申し訳なさそうに少女から目をそらして、「その……あんまり、女の子に言いたい事じゃないんだけどさ……」と苦笑いを見せる。彼は、台所のすぐ近くの扉――風呂場の方を指差した。「……教えてやるのいいんだけど……先に身体洗ってきてくれないかな……? いやさ……ちょっとばかり臭うんだよな、君……」 「へ………………………………………………………………………………………………」  五十嵐の言葉を受けて、少女はしばらくの間、唖然としていたが。 「―――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」  突然、ボッ! と顔を紅潮させて五十嵐から飛び退いたかと思うと、そそくさと風呂場の方に向かって行った。その顔は今にも泣きそうになっていた。  ……何か、こっちがすごい悪い事した気がする…………。      2(二月七日――午前五時五六分?午前六時三分) 「……本気なんですか? 武田さん……」  信じられないといった表情で言ったのは、武田の隣に立つ、部下の笠峰だ。 「今さら何言ってやがる。お前も聞いただろうが。あのクソ野郎の指示をな」武田は、溢れ出る怒りを隠す素振りもせず、吐き捨てる。  昨夜の事件から、約半日が経つ。あの交差点にいた人間は、鑑識や救急隊員、負傷者を含む三八人が殺害された。  ――あの、銀髪の青年の手によって。  いまだにあの光景が脳裏に焼きついている。青年の身体から発せられる『光』。あの不気味に蠢く光が、アスファルトを叩き割り、銃弾を跳ね返し、大勢の人間の命を奪い去っていった。 「…………」武田は壁に寄りかかり、周囲を見渡す。  結局、あの場にいた者達の中で生き残ったのは、武田と笠峰だけだった。二人は、銀髪の青年の事については報告していない。『自分達がその場に着いた時には、すでにそこに死体が転がっていた』、とだけ伝えた。正直に話したところで、頭がおかしくなっただけだと、鼻で笑われるのが予測できたからだ。 「……本気なんですか……?」笠峰は再び尋ねた。 「何度も言わせるんじゃねえ」武田は語気を強める。「このまま署(ここ)に留まっているようじゃ、あの銀髪をとっ捕まえられねえ」  予想はしていた。そして、その予想は的中した。上から問答無用で下った命令は、昨晩の件に対する『一切の無介入』。
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