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「あっ、この木」
見上げると木漏れ日が目に差しこみヒナは空いた手で光りを遮った。
昔、大きかったあの木は今でもその大きな枝を天に伸ばす。
「登るなよ。もう背負って降りねぇぞ」
「登らないもん、スカートだし」
「そういう問題か?」
子供の頃、一日かけて駆けずり回った野山は大人の足だとそれほど時間はとられない。
「ねぇ、お墓参り行こうか」
「んなもん、盆と正月だけで」
「行ってないじゃん」
「……忙しいんだよ、俺は」
「じゃ、行こ。あたし、年末も来たんだ」
あの真っ白な雪の中。
「馬鹿だろ、お前」
「だって、大森のお婆ちゃんにヒロ君の小説、見せて上げたかったんだもん」
そう言って、頬を膨らませるヒナの頭をクシャリと撫でて呆れるように笑う。
あの時は一人で歩いたあぜ道を、今日は手を繋いで二人で歩く。
「あっ、無くなってる」
「当たり前だろ」
あの日から3ヶ月。
遠い昔のような気さえするのに。
今、彼女の左の薬指には指輪がはめられている。
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