一人

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 「え?、聞いていませんけど・・・」  「そう?浅井君らしいね、ドラマを見ないって本当なんだ? 彼女、女優よ茅野美佐。主役ってわけじゃないけど、 最近よくドラマに出てるよ。あの恰好はひとつ前のドラマの役 そのままだね」  浅井はその言葉を聞いて自分を恥じた。  女優に対して、『女優みたいですね』は、あまりにも褒め言葉に なっていないと感じたからだ。  しかし、それを笑ってくれたということは、あくまで客として過ごしたい 心境の表れでもあると悟った。  「そうだったんですか、では、ほかのお客様が騒がないよう、テーブルの配置を変えたほうがよさそうですね」  女性スタッフが感心する。  「さっすが浅井君、今日は空きもあるから、眺めもいい一番テーブルで いいんじゃない?その辺は任せるよ」  浅井も有名人が来ている、ということにテンションは上がる。 しかし、仕事、接客業である以上、このような場合は、一般の客と 同じように対応する。相手は純粋に旅を、宿を楽しみたくて 訪れていることが多いからだ。  そんなことを考えながら、浅井は食事どころの準備を再開した。    タクシーを降りるまで、美佐は不機嫌を通していた。  久々とはいえ、この旅行、流星にいたるまで一泊二日かかって いるのだが、出発当日の飛行機最終便はともかく、すべてが スケジュールどおりにいかない上、これから一週間も大池と 付き合うとは想像してもいなかった。  途中、マネージャーに連絡しても、  「スケジュールの調整はしてある」  の一言だけで電話を切られてしまった。  恨みどころではないこの相手と一週間、美佐の心は穏やかではなかった。  その大池は、美佐との今の関係を作るために、美佐が自分に 気がないことを知ると、美佐からすべてを奪った。 仕事も夢も、恋人も・・・。   美佐がそれを知ったのは、大池に犯された時だった。  無抵抗になるまで暴力をふるい、それから抱く。  達成感を得られたからか、その時にすべてを白状した。  美佐の心には失意の底にいただけに、絶望しか残らなかった。
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