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「うわ! 横暴だ! 俺は好きで風紀委員なんてやってねー! っうか、名前を呼び捨てにするの止めろ!」
「はいはい」
雫に再会して以来、気になっていたことをなにげに混ぜてみるが軽く流される。雫は何故か志朗を名前で呼び捨てにする。
「もう少し兄を敬え! それでも妹か!」
「行きましょうか兄さん……」
雫は低い声でそう呟くと、引きつった笑顔で志朗を廊下にズルズルと引きずっていく。眼が笑っていない。周りにいたクラスメイトがその微笑の圧力に負けて、全員綺麗に固まっている。志朗は抵抗を諦めることにした。
キビキビした動きで校庭に向かう雫とは対照的に、志朗は気だるげに廊下をのろのろ歩いて行た。
『また、厄介ごと志朗君?』
唐突に頭の中に響いた声に、志朗はその場でゆっくりと立ち止まる。
「……またお前か幽霊女」
志朗は眼を細めて左前方に浮かんでる物をつまらなそうに眺めた。
金髪碧眼の少女。
黒いゴスロリ風のドレスに身を包んだ、精巧な人形のようにも見える物体が空中に浮遊している。ただ、その美しさは群を抜いているが、それの与える印象は何故か暗い翳りのみだった。
『酷いな。だから幽霊じゃ無いって、何回も言ってるよね?』
「それじゃあ、何なんだお前は? お前が俺にしか見えないのは分かっている。一時期病気扱いされたからな」
志朗は嫌そうに毒づくと、その場を離れるように歩き出した。何故か幽霊少女も全く動いていないように見えるのに、同じ速度で進んで行く。 正確には、その少女は志朗の視線の左前方に張り付いているのだが、その仕組みは全く持って理解できない。
この学校、私立守ノ宮学園に入学して以来、志朗はこの幽霊少女を頻繁に見るようになった。周りにはこの少女の姿どころか、声さえも聞こえる人間がいない。そのために、周りからは妄想王などと不名誉なあだ名さえ付けられたぐらいである。
『毎回言ってるじゃないか? 僕は君の眼にしか観測できないようにしてるって。それより、アレ、見せてくれる気になった?』
「ならん!」
幽霊少女の言葉に志朗は即答した。幽霊少女が猫なで声をあげると、言ってくる内容は決まって同じ。毎回、最終的に同じやり取りが繰り返される。“アレ”を見せてくれと。
『えー。何でだよ。まだ駄目? いいじゃんかケチ。僕にだけチラッと見せてくれても罰は当たらないよ?』
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