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「私、先生の事が好きなんです。気の迷いでも何でもありません。この半年間、我慢しましたけどもう限界です。先生」
そう言うと、彼女は一歩、二歩と足を進めてきた。
距離が近くなる。
だが、僕の足はちっとも動いてくれなかった。
まずい、と思った。
女子生徒との距離感は大切であり、僕の今後の教師生活に影響を及ぼしかねない。
彼女は僕よりも頭一つ分背が低く、上目遣いで僕を見続ける。
と、僕の眼鏡に手を伸ばしてきた。
黒縁の去年買った老眼鏡だ。
「あ、あの……ヒトミさん?」
ようやく声が出たが、僕の声は上ずっていた。
彼女の名前は人見(ヒトミ)という。
「土屋先生」
僕の名前は土屋(ツチヤ)だ。
ヒトミさんは老眼鏡の縁を持ち、僕の耳にかけてきた。
自分の意思ではない耳元への感触はくすぐったさと羞恥が出る。
「……似合ってます、先生。私、老眼鏡をかけた先生が好きだわ」
そう言って彼女は艶めいた笑みを浮かべ、僕は思わず女子生徒の中のオンナを垣間見た気がして、ごくり、と空唾を飲み込むのだった。
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