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自転車を止めて、若干重い足取りでアパートの階段を上がる。
「…」
家の前で息を吐く。
夕立が来るんだろう。空気が湿っって重い。
ドアの鍵を開けて、ドアノブを捻った。
「ただいまー」
母さんが夕飯をしているのか、良い匂いがしていた。
蒸し暑い…、と言うか蒸気っぽい。
家は鞠音の事があったから、閉めっきりにしていた。
料理中、台所の僅かに窓を開けることさえ嫌がった。
だから料理の時は換気扇を回さないと、湿気が籠る。
「……。」
俺は無言で換気扇を回した。
ゆっくりと回り始めた換気扇が、低い音を立てて気流を起こす。
母さんは鞠音を見ながら家事をしていた。
そのせいか、時折こういう些細なことをできないまま家事をすることが多かった。
(洗濯物入れたかな…。)
風が出てきた。雨が降るのは時間の問題だろう。
「母さん?鞠ー?」
洗濯物を確認しに行きながら、居間へ入る。
「かあ……。」
始めに視界に入ったのは母さんだった。外れた受話器を手に、電話の横の棚にもたれ掛かってる。
その近くに転がる物に、俺は釘付けに成った。
業務用の黒いゴミ袋から、細い足が二本出ていた。
ゴミ袋に隠れてるが、鞠音だとわかる。
ガムテープで足首を固定されていて、ピクリとも動かない体。
「鞠音が…、大人しくしないから……。」
憔悴した母さんの声に、嫌な予感と汗が吹き出した。
飛び付く様に鞠音の入ってるゴミ袋に駆け寄って、ゴミ袋を引き破る。
中には鞠音が入っていた。
目を閉じて、息は…
「すぅ…、すぅ…、」
息は、していた。
ガムテープで腕を固定されて、顔にはガムテープが貼られていたが、僅かだが息はしていた。
「鞠!鞠っ…!鞠音!!」
顔のガムテープを剥いで鞠音の肩を揺すり動かすと、ようやく目を開けた。
「 」
おにいちゃん
小さな唇が形を紡ぐ。
「 」
おかえり
小さく小さく音の無い声で囁やくと、鞠音は目を閉じた。
「鞠?…おい、鞠音?」
意識を失った鞠音の体はぐったりとしていた。
「うう…うううう…ッッ」
母さんは俺の後ろで咽び泣く。
換気扇の音がして、窓は風に叩かれてバタバタとうるさい。
外は雨が降っていた。
俺は16歳。
鞠音は10歳だった。
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