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『そしたら いぬがはしってきて
つきとばしたこに かみついて
ないてて いたがってて
けど かみついて はなれなくて
ち たくさんでた』
「…。」
鞠音が布団の上に書いて行く文字を俺は黙って見ていることしかできなかった。
あり得ない、と思うが、それじゃあ鞠音が犬を噛みつかせたみたいだ。
警察犬でもないのに、そんなことできる訳ない。
第一うちは犬を飼ったことすらない。
鞠音がどう思ったかはともかく、だからって犬を使って人を襲わせるなんて、できるはずなかった。
『おにいちゃん わたし おかしいの
おばけなの どうしちゃったの』
文字を書く鞠音の手が震えていた。
うつむいていた顔をあげ、白く長い睫毛に縁取られた金の目が俺を見る。
「 」
おにいちゃん
と、鞠音の唇が動く。
「 」
こわいよ
じっと見つめてくる金の目は、泣き方を知らないみたいだった。
鞠音の目は相変わらず何を考えてるのか解らない目をしていた。
けど、俺は何故か泣いてる鞠音が見えるような気がして…
自分の心臓が血を拭き出したような気がした。
それから鞠音をだっこして、抱き締めた。
何故かそうしなければいけない気がした。
「こわかったな。鞠音。ごめんな、俺、鞠音が怖かったのに、近くにいてあげられなくて。」
よしよしと小さな白い頭を撫でる。
「鞠音は『お化け』でも『化け物』でもないよ。ただ少し、人と違うだけ。」
きっと本来、親が言うべき台詞を俺は言う。
¨親¨と言うイメージをなぞるように。
本物の親たちができないことを代替わりする。
「だから鞠音は悪くない。……悪くないんだ。」
誰が悪いわけでもない気がした。
両親も、鞠音を手に余してるのは事実だが、俺にとってはいい両親だった。
鞠音だって、何故あんな奇行をするのか解らないけど、でも、ここで「こわい」といった鞠音の言葉は、音がないけれど絶対に本物で、俺は初めて、鞠音に触れた気がした。
言い聞かせながら抱き締めた鞠音は、俺の言葉に黙って目を伏せた。
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