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数時間後 伊織の部屋にて
「……訳分かんない」
呻く様にして呟かれた言葉は、伊織の胸に深く沈みこんでいく。
年齢相応の少女の悩み事は、恋だけという話ではない。それよりも、日常の不協和音に対する事象に当てられるのは、老若男女に共通だ。
濡れそぼった髪をよく乾かす事もせず、ベッドに身を寄せる伊織。
湯上りで艶やかに赤らんだ頬も、今日ばかりは怒りか何かで燃え上がっているようにしか見えなかった。
ほんの数時間前、目にした男。
忘れる訳も無い。とはいえ、これといって縁がある訳でもない。
だが、伊織にとってあの男の顔はあまり見たいものではなかった。
――本当にキモい……。
女子高生は何かと金がかかるものだ。
それも、現代の情報社会。流行。あらゆるものに翻弄される世代の中心――それは伊織とて例外ではない。
故に伊織がバイトを始めるのは、特に不自然な事ではなかった。
彼女自身、自分が与える印象を心のどこかで気付いていたのだろう。伊織が始めたのは、スーパーの品出しや裏方作業のアルバイトである。
だが、混雑時のスーパーが織り成す行列は、普段親に全てを任せきりの伊織にとって予想だにするものではなかった。
以前は緊急時に呼ばれていたレジ打ちも、何故かそのまま任されるようになってしまったのがそもそもの間違いだったのだ。
そこには店長が伊織を客寄せパンダとして扱った背景もあるのだが、それは知る事ではない――ともあれ、店長の策略は功を奏したのか、その男が来たのだ。
最初はあまり男の容姿を気にしない伊織も、青年を見た時には素直に良い顔をしていると感じたものだ。
長身痩躯。高い鼻梁と澄んだ青い瞳は、平均的な日本人が持つそれから大きくかけ離れている。まるで海外のモデルのような洗練された所作は、見る者に気恥ずかしさを思わせる程だ。
だが、特に伊織はそれ以外の感情を抱いた訳ではない。
まぁ、世の中平等ではないのだからそんな人間もいるだろう、その程度の認識で自分の仕事を行っていたのだが――
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