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「いけませんねぇ、いけませんいけません。まさか私がこのようなミスをするとは」
青年は言葉の内容とは裏腹に、どこまでも楽しげに紡ぎ続ける。
その細い右腕に掛けられているのは、オレンジ色の買い物籠。どこまでも平均的なスーパーではあるが、その青年は明らかに平均から抜きん出ていた。
長身痩躯に肩まで伸びた細い黒髪。
高い鼻と透き通る青い瞳は、まるで日本人が持つものでは無い。
いやでも視線を集める風貌に、主婦達は目を見張って顔を赤らめる。
「しかし、これはミスですよ。まさか卵がお一人様一パックまでとは……彼女を連れてきたというのに、目を離した瞬間に消えうせてしまいました。家から出たがらないあの人も、一丁前に飯は食べますし……どうしたものでしょう。我が家の家計がこのままでは火達磨です、嗚呼、火達磨といえば何て悲しい響きなのでしょう……火の、達磨、彼は人の願いを叶えたにも関わらず、燃やされる運命にある……つまり私は彼らに尽くしたまま、最期には潰える運命にあるという事でしょうか」
何とも悲劇、そう言い残し、微笑みながら卵コーナーから背を向ける青年。
それまで彼に向けられていた、一種の羨望と嫉妬が混じっていた視線の色は、一瞬で悲哀を含んだものへと成り下がる。
主婦達の目に浮かぶ光は、切なげに。男達が浮かべるのは同情と優越感。子ども達はただただ不思議そうに。
――可哀想に、どこかで頭を打ってしまったらしい。
そんな失礼な思いを背中へと一身に受ける青年。
だが、それに気付いているのかいないのか。青年の独り言が留まる事は無かった。
「確かに卵を買うために連れて行けるだけ連れてこなかったのは、間違いなく私のミスです……しかし、考えようによっては、店も相応の判断はするべきでしょう。もう午後だというのに、あれだけのパックが山になっている……大量に仕入れてしまったのでしょうか? あれでは閉店時間には、ピヨピヨと鳴き始めても可笑しくありませんよ……つまりですね、私も鬼ではありません。お一人様三つという解放をすれば、ピヨピヨはオムレツ親子丼へと変貌する訳です。勿論、その時には貴方も招待しますがどうか?」
「3527円です」
「これは手厳しい」
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