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常人ならば不気味な番号は兎角としても、自身の個人情報を握られている事に強い追求をしてもおかしくない。
無論、伊織もその範疇に充分に納まる少女である。
彼女が現にそれを行わなかったのは、いい加減この少女に解放されたかったのと、愛猫の行方が気になっていたからだ。
見知らぬ子供よりも、身内の猫。
ある種、冷たい人間と取られても可笑しくはない。いや、寧ろここまで送った事は人としてよくやったと言うべきか。
颯爽とメリーから背を向ける伊織。
メリーもまごまごと口篭っていたが、彼女の背中から発せられる気に気圧されてしまう。
と、そんな時。
聞き覚えのない声が――いや、鬱陶しい位に聞きたくもない声が投げかけられる。
「やあやあ、本日は一体どちら様に送っていただいたかと思えば。これはこれは、何時しかの、いえいえ、毎日の日常に一輪の……いえ、壮大に広がる薔薇園のような美しさと気高さ、そして安らぎを与えてくださる嬢ではないですか」
「……!?」
声の発信源は背後。
ならば、そこは今まで自分がいた場所。普段の生活では、日常では限られた場所でしか耳にしない声がする。
慌てて振り向けば、そこにいたのは黒髪を伸ばした男が立っている。
夕日が辺りを照らす中、その男が持つ青い眼光が怪しく光っている錯覚を覚えてしまう。
身を震わせる伊織。
傍目こそ女を惑わす顔つきの青年ではあるが、伊織にとってこの男は嫌悪を抱く対象に他ならない。
――……何で、この男が?
心中で吐かれた言葉は、誰の耳にも届かない。
対し、伊織が顔を顰めているのに気付いていないのか、青年は饒舌の限りを尽くし始める。
「先日の件は何とか乗り越えました、あの後、少しばかり仕事をしてですね……ピヨピヨと鳴かせる事なく親子丼の材料を調達出来まして。しかし、疑問をも抱くのですよ……親子丼とは言いますが、よくよく考えればスーパーに並ぶのは所謂無精卵。基本的に親子丼は無精卵を使用するのですから、そこには親と子の絆は無い筈……? 何ということでしょう、これはおかしい、私はこの世界の矛盾を一つ見つけてしまったという事でしょうか……それでは、ではでは」
そこで一度言葉を切り、青年は柔らかな微笑とともにこう問いかけた。
「本日はこの都市伝説探偵……百鬼夜行にどんなご依頼を……?」
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