三章 南陽黄巾軍

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「孫堅様!本陣より狼煙が上がりました!」  伝令の一人が孫堅の幕舎の前で跪き、そう報告する。 「しかし、今は成すべきことを成す。大局ばかり見ては、足元を掬われるからな」 「孫堅様?」  伝令の訝しそうな表情に苦笑を漏らし、椅子から立ち上がり、孫家伝来の名剣、焔穿烈牙を手に取る。 「伝令ご苦労。すぐに行く、と策たちに伝えろ」 「はっ!」  それでも孫堅の言葉にすぐに反応し、走り去っていく。 「久々に私も楽しませて貰うとしよう」  鎧を身に着け、腰帯に剣を差し込み、頭には紅い頭巾を被る。  幕舎を後にした孫堅の顔には、場違いな笑みが浮かべられていた。    §§§§§§§ 「怯むな!押し進め!敵はただの賊風情だ!一気呵成に攻め立てろー!」  官軍総大将の朱儁の軍では、自らが指揮を取り、南門と東門を攻撃していた。  城壁に梯子を掛け、頭上から降り注ぐ敵の矢の雨を掻い潜り、少なからず兵が城壁の上へと達する。  地上では槌を十数人が持ち、城門を破らんがため、幾度も打ち付けている。  前線で自ら指揮を取り、成果を伝令から逐一聞いている朱儁は、妙な違和感を抱いていた。 (予想より被害が大幅に少ない。攻撃も順調に進んでいる。もう少し抵抗が大きいと踏んでいたが、私の買い被りだったか?)  このまま押し切ろうと思えば押し切れるのでは、と感じるほどに賊軍の抵抗が弱い。  朱儁軍が担当している両門でそうなのだから、どこもそう感じているだろう。  しかし、勝手に足並みを崩せば状況は変わるかも知れない。その原因を作ったのが朱儁だと知られれば、間違いなく更迭の進言が通るだろう。  故に朱儁は最後の号令を掛けられずにいた。朱儁が号令を掛けずとも今の状態が続けば、城門は落ちるだろう。  そう、“今の状態が続けば”。  つまりは続かないのだ。このまま行けば、後一歩というところで隊を交替しなければならない。  朱儁が決断を下せる時間は、もう残り少ない。刻限は、刻一刻と近づいていた。    §§§§§§§
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