黒い約束

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 カチ、カチ、安っぽい火打石が掠れた音を何度も鳴らす。  それに重なりキンッと小気味良い音に続けて、ぼっとガスに火が灯る。落ち着いた明かりの喫茶店の中で、そこだけが柔らかい温かみを帯びた。 「あら、どうも」  女は差し出されるジッポライターに一言礼を述べて、オレンジの灯りに顔を近付ける。  間近に光源を置いて女の整った顔は深い影を作る。  長い睫毛を伏せながらジジッと銜えた煙草の先端を焦がす音と共に、女は顔を離して俯きがちに細く煙を吐き出した。 「何から話したものかしらね」  薄桃のルージュを引いた唇から紡がれる、酒と煙草に焼かれたらしい掠れた声。  先程近付いた時の肌の具合やら、派手過ぎずに華やかさを演出する化粧。  そういった辺りから、男はジッポライターを再びキンッと閉じながら無言のまま推察する。  ――長く夜の女をして来たんだろう、メイクで隠しきれない隈も伺える。だが、安くは無い。  どちらかと言えば、今は上に立っているのだろう。戸惑いこそあったものの、火を点けられる事に躊躇いは無かった。  腕組みする様にして手にした煙草を持つ指先やら、それを口元へ持っていく仕草の一つ一つ。  華と艷に、品を混ぜる仕草は随分とそういった連中に受けそうだ。  互いに着席してからの短い時間の中で、男はテーブルへ視線を落とすようにしながらも。女の一挙一動から情報を組み立てて行く。 「その前に自己紹介と行こう、名刺は要るか?」  ジッポライターを仕舞ったその手で、やや草臥れたスーツの内胸ポケットから名刺を抜き出し。二本指で挟んだそれをひらつかせる。 「あぁ、失礼。今は家に入ってしまって名刺は持ち合わせていないの。鷹野の家内と言えば分かるかしら?」  受け取る素振りも無く苦笑いを浮かべた女に対して、男は自然と姿勢を正しながら名刺を両手で持ち。スッとテーブルの上へと置いて押し出す。 「いえ、此方こそとんだご無礼を。ですが鷹野さんの奥様ともなれば、私としても今後よいお付き合いをさせて頂きたいですから。」  男に笑顔は無く、淡々とした口調ではあったが。名刺を取り出したのとは一転して改めた態度に、女は満足そうに口元を弛めた。
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