ある青少年の追想

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* 「……時任さんや。あんたはなんで旅なんてしてるんだ」  じいさんにそう聞かれたのは、確か風呂に入った後……ばあさんが布団を敷いている間のことだったように思う。俺の布団はしっかりと用意されてあって、ばあさんはじいさんの分を準備しているようだった。  じいさんは食卓で晩酌をしていた。残念ながら俺は未成年なので一献ご一緒、なんてことはできないが、酌はしておいた。 「旅……ですか」 「そうだ。意味もなくこんな辺鄙なところには来ないし、遠くへ行こうなんて思わないだろう」  爺さんの言葉は妙に心にすんなり入ってきた。なんでだろう、夕食のときは俺は妙にささくれ立っていて、じいさんもばあさんも癪に障ってたまらなかったのに。ここにきて核心をつく問いを投げられ、少なからず戸惑う。 「まあ、色々ありまして。自分探しってやつですかね」  適当にはぐらかしておこうと思ったが、どうにもこのじいさんの目は鋭い。晩酌のせいでアルコールでも回っているのか。だからこんな話をするのか。 「時任さん。あんたは十年、二十年生きた若造に『自分』なんてものが見つけられると思っているのかい」  なんだかそれは、俺にと言うよりは若者全員に向けた言葉のように感じられた。
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