ある青少年の追想

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*  夜七時。俺はどういうわけか一軒の民家にお世話になっている。  あのとき、藁にも縋る思いでトラクターに駆け寄った。その運転手はじいさんで、ざっくりと事情を説明すると、なんとまあ気前のいいことにウチに泊めてやると言ったのだ。人間、こんな古臭い村(だが町だかわからない田舎)にこそ素晴らしい情にあふれた人間ってのがいるもんだなあ、と俺はしみじみ思っていた。  食卓の上にはほかほかと湯気を立てる食事が並んでいる。 「おじいさんが人を連れてくるなんて珍しいと思ったら、旅の人だったの」  同居している、おそらくじいさんの奥さん……つまりばあさんは妙な勘違いをしているようだが。しかし、細かいことはどうでもいい。ある意味で俺は今旅人みたいなもんだし、それで話がつながっているならもうその設定でいいや、と思った。俺は曖昧に頷いておく。 「はるばる大変だったわねえ」 「ええ、まあ。行き当たりばったりな部分もありまして」 「若いうちはそれでええ。細々考えるのはいい年になってからでいいんだ」  このじいさんは果たして何者気取りか知らないが、人生の経験者ぶった言い回しをする。それがなんだか気に入らないっちゃあ気に入らないが、一宿一飯の恩義には代えられまい。
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