*プロローグ*

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教室に到着してまず青がすることは、机に突っ伏して眠ることだ。 家ではゆっくり寝られた記憶がない。青の兄はバンドを組んでおり、夜中にも関わらずギャンギャンギターの音を轟かせていた。青はそのせいでいつも寝不足だ。 文句の一つや二つ言いたいが、彼のお陰で生活出来ている為、何も言えない。 母の死から一年後、父親は蒸発した。パチンコに行って来ると言い、それから帰って来なくなったのだ。 青と兄の緑は、ずっと、ずっと、父の帰りを待っていた。 だが、父親は帰って来ない。 つまりそういうことなのだろうと、青は妙に冷静に納得していた。 兄は泣き喚いていたが、青は涙というものが出なかった。 世界は、いつだって、そういう風に出来ている。 中学一年生にして、青はそのことに気がついていた。 顔を伏せて眠りにつこうと目を閉じると、教室内のざわめきが一層際立つ。 ざわざわ。ざわざわ。 女子の甲高い声。 男子のふざけた叫び声。 (……うるせえな) 人の熱気が、教室内に渦巻いている。蝉の声が、青の苛立ちを増大させる。 眠れない。ざわめきなどいつもは気にしないで、すぐに眠れるのに。 「なあ、青。ちょっと聞いてくれよ! 美和子がさあ~俺が他の女の子と喋ってるだけでキレるんだぜ? ひどくね?」 友人の逢坂淳一が話し掛けてくる。頭の上に降ってくる声の重みに、耐えられない。 (知らねえよ) 果たして青にとってこの男は友人なのか。青は自分でもよく分からなかったし、どうでも良かった。ただ、クラスから浮かなければそれでいいのだ。話を合わせていれば、それでどうにでもなる。 青は顔を上げると、立ち上がった。 「……悪い、俺ちょっと気分悪いんだよ。保健室行ってくる」 そう言うと、逢坂は心配そうな表情を作った。 「マジかよ。大丈夫か? 確かに顔色悪いな」 「寝れば直る」 そそくさと背を向けて教室を出る青は、心底(面倒臭いな)と思っていた。 彼は少し、普通の人間とは違う。昔から冷めているという自覚はあったし、感情があるのかと問われたこともある。だが性格を変える気など更々なかった。変えることが出来るなら、とっくに変えている。
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