*プロローグ*

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廊下に出て、階段を上る。青が向かう場所は、この高校の屋上だ。 本当は立ち入り禁止なのだが、鍵が掛かっていないのが悪い。重い扉を押して開けると、コンクリートの地面が広がる。大陽の光に熱されていて、この上で寝れば、さぞ気持ちいいだろう。 高い網のフェンスに目を映した時――青は時が止まったような気がした。 フェンスの向こうに、人が立っていた。 白いワイシャツから伸びた、細い両腕。それは吹いてきた柔らかな風を浴びるように、左右に広げられている。 うなじが隠れる程の長さの真っ黒い髪はさらさらと靡いていて、つい見惚れてしまう。 彼は、まるで、苦痛や悲しみに溢れる世界を、抱き締めようとしているように見えた。 青は忘我していたが、すぐさま我に返って少年に近づく。 彼はきっと、飛び降りようとしているのではない。それが分かっていても、声を掛けずにはいられなかった。 「……お前、何してんの」 振り返ったその少年の顔を、青はよく知っていた。彼は青のクラスメートだった。存在感が薄く、地味で、見るたび常に読書か勉強をしている。授業中決まって細い黒縁眼鏡を掛けていた。 彼はクラスで、確実に浮いていた。誰からも相手にされず、誰からも話し掛けられない。 ハブられているのだ。彼がいてもいなくても、何も変わらない、空気のような存在、つまり“透明人間”なのだ。それなのに“それがどうした”と言わんばかりに、彼は凛としている。青はそんな彼が気に食わなかった。青の一番嫌いなタイプの人間だ。弱さを見せて群がる人間の方が、まだ取っつきやすい。 名前は――服田薫(はったかおる)。 女のような名前で、女のように肌は白く、女のように身体は細く、女のように――いや、その辺りの女よりも綺麗な顔をしている。 眼鏡を外している服田を見て、青はそう思った。こんなに至近距離で、彼の顔を眺めたことがなかった。 「何って。おかしなこと聞くね」 服田は心底可笑しそうに笑った。
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