6人が本棚に入れています
本棚に追加
廊下に出て、階段を上る。青が向かう場所は、この高校の屋上だ。
本当は立ち入り禁止なのだが、鍵が掛かっていないのが悪い。重い扉を押して開けると、コンクリートの地面が広がる。大陽の光に熱されていて、この上で寝れば、さぞ気持ちいいだろう。
高い網のフェンスに目を映した時――青は時が止まったような気がした。
フェンスの向こうに、人が立っていた。
白いワイシャツから伸びた、細い両腕。それは吹いてきた柔らかな風を浴びるように、左右に広げられている。
うなじが隠れる程の長さの真っ黒い髪はさらさらと靡いていて、つい見惚れてしまう。
彼は、まるで、苦痛や悲しみに溢れる世界を、抱き締めようとしているように見えた。
青は忘我していたが、すぐさま我に返って少年に近づく。
彼はきっと、飛び降りようとしているのではない。それが分かっていても、声を掛けずにはいられなかった。
「……お前、何してんの」
振り返ったその少年の顔を、青はよく知っていた。彼は青のクラスメートだった。存在感が薄く、地味で、見るたび常に読書か勉強をしている。授業中決まって細い黒縁眼鏡を掛けていた。
彼はクラスで、確実に浮いていた。誰からも相手にされず、誰からも話し掛けられない。
ハブられているのだ。彼がいてもいなくても、何も変わらない、空気のような存在、つまり“透明人間”なのだ。それなのに“それがどうした”と言わんばかりに、彼は凛としている。青はそんな彼が気に食わなかった。青の一番嫌いなタイプの人間だ。弱さを見せて群がる人間の方が、まだ取っつきやすい。
名前は――服田薫(はったかおる)。
女のような名前で、女のように肌は白く、女のように身体は細く、女のように――いや、その辺りの女よりも綺麗な顔をしている。
眼鏡を外している服田を見て、青はそう思った。こんなに至近距離で、彼の顔を眺めたことがなかった。
「何って。おかしなこと聞くね」
服田は心底可笑しそうに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!