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王都グランディスの首都、マグナディアから馬車を走らせて五日。
そんな距離さながら、遥々この街へ珈琲を飲む為だけに来る者も居ると噂の名店――スタッカート。
辺境とまではいかないが、主要都市ではないこの街、クルエルトの名物である。
時刻は正午。名店であっても平日であるので店内は人も疎らである。
扉を開けると鈴の音が涼やかに鳴り響く。
「マスター、いつもの!」
ニカッと笑い、カウンターに佇む白髪を後頭部で一本に縛り、同じく白髭を蓄えているマスターへ話し掛ける。
「あいよ。またサボりかい?」
それに対し微笑むマスターは常連客である青年へとハスキーボイスで返した。
「うん、どうせ授業つまらないしそれをどうのこうの言うヤツも居ないからいいんだ」
少し苦笑いで。
「バカ言っちゃイケねぇ。オメェの伯父はオメェのことを愛してる。無論ワシもだ。んなこと言うもんじゃねぇよ」
叱るような口調だが、その声色は穏やかなモノだ。
「わかってるよ。バルさんは尊敬できるし俺の親父だ」
少しだけ唇を突きだし、拗ねた表情で返す。
しかし、身寄りを無くした自身を本当の家族のように愛してくれる伯父、バルテス・クロウウェルは誇りだ。
そんな伯父も王都のなかなかな役職らしく(自称なので真偽不明)家に帰るのは半年に一回あれば良い方だ。
マスターもわかっているのだろう、ハンッと鼻で笑い、出来立ての珈琲――ではなく珈琲牛乳をカウンターから差し出す。
ありがとう、と受け取り、すぐ左手にある出入口へと向かう。
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