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「なぜ…お、まえ。自分の言っている事の意味を、理解しているのか?」
吸血鬼に拐われる。
それは人間の世界では死を意味する事を、カイルは十二分に、痛いほどに理解している。
それでもアーシャは彼の胸にすがるのを止めない。
「連れていって。私…、私を誰も知らない世界に。貴方なら、できるでしょう?カイル。」
「駄目だ。そんなこと…俺にはできない。」
「どうして?人の生き血を吸うのが、吸血鬼でしょう?」
「できない…俺には、君を殺すような真似は、できないんだ。」
「なぜ…?」
「愛しているから…」
刹那、カイルの唇がアーシャの唇を塞ぐ。
牙が口角の皮膚を僅かに削り、アーシャの血がカイルの口腔に流れ込む。
…ああ。
なぜ、なぜこんなにも、美味いと感じてしまうのか…
背を抱き締めて、更に深く口づける。
甘ったるいアーシャの肌の匂いが、血の匂いが、カイルの情欲を煽る。
このまま口を裂いて、舌を噛み千切り、血を啜ってしまえば、今まで感じた事のない満足感と悦楽に到達できる。
それでも、カイルにはそれが出来なかった。
口を裂いてしまえば、アーシャの美しい容(かんばせ)が台無しになってしまう。
「カイル…ねぇ、お願い…」
潤んだ瞳の中に、幽かに見えるで死への道を望む影。
アーシャも分かっているのだ。
吸血鬼の元に行く事が、どういう意味なのか。
「どうせいつか、私は死んじゃうわ。だったら、貴方の手で、貴方に求められて、死にたい。だって…」
流れる涙をキスで拭いながら、アーシャは穏やかに笑う。
「だって、初めて森で遠くから見た貴方は、とても美しかったから。いずれ死ぬ運命なら、貴方に…あなたの手に掛かって、死にたいの。だから、お願い…カイル…」
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