-湖城の吸血鬼-

14/18
前へ
/22ページ
次へ
  「カイル…カイル…」 胸にすがるアーシャをカイルはきつく抱き締め、自然と二人は口付けを交わし、再会の喜びに浸る。 「やっと…お前を拐いに来れた…」 「嬉しい…」 幸せそうに微笑むアーシャを抱き上げ、カイルは窓の桟に足をかけた時でした。 アーシャに紅茶を差し入れに来たメイドが、陶器の弾ける音と、けたたましい声を上げる。 「旦那様…旦那様ぁっ!!きゅっ、吸血鬼が…おっ、奥様をーっ!」 「ちっ…」 「良いから。」 「アーシャ?」 「もう良いから、大丈夫だから…全部、分かってるから、だから…拐って。私を…」 「…アーシャ…」 「この化け物!アーシャを放せっ!」 カイルが複雑そうに眉を下げた時だった。床に散乱した陶器を踏み倒し、銀の剣をもったルークが現れたのは。 「!」 「カイル!早くっ!」 アーシャの声に背を押され、カイルは窓から蝙蝠(こうもり)のように飛び立って行きました。 「…カイル…アーシャ…」 ガクガクと、ルークは全身を戦慄(わなわ)せ、唇を噛む。 無意識の中に植え付けられていた、単一民族…サハリン人の選民思想が嫉妬と交わり、グラグラとルークの中で煮えたぎる。 「森だっ!森へ急げっ!あの森も、吸血鬼も、吸血鬼を惑わす異端の女も、凡(すべ)て焼き尽くせっ!」 最早ルークの顔に、アーシャを愛する優しさはなかった。 吸血鬼に拐われる事を望んだ、高潔なサハリン人の自分より、異端のカイルを選んだ彼女を憎む心で、どす黒く醜悪に成り果てていました。 正に愛と憎しみは紙一重。 松明を持った大勢の男を引き連れて、ルークはカイルの棲家の城があるリンドの森へと向かったのでした。  
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加