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「カイル…カイル…」
胸にすがるアーシャをカイルはきつく抱き締め、自然と二人は口付けを交わし、再会の喜びに浸る。
「やっと…お前を拐いに来れた…」
「嬉しい…」
幸せそうに微笑むアーシャを抱き上げ、カイルは窓の桟に足をかけた時でした。
アーシャに紅茶を差し入れに来たメイドが、陶器の弾ける音と、けたたましい声を上げる。
「旦那様…旦那様ぁっ!!きゅっ、吸血鬼が…おっ、奥様をーっ!」
「ちっ…」
「良いから。」
「アーシャ?」
「もう良いから、大丈夫だから…全部、分かってるから、だから…拐って。私を…」
「…アーシャ…」
「この化け物!アーシャを放せっ!」
カイルが複雑そうに眉を下げた時だった。床に散乱した陶器を踏み倒し、銀の剣をもったルークが現れたのは。
「!」
「カイル!早くっ!」
アーシャの声に背を押され、カイルは窓から蝙蝠(こうもり)のように飛び立って行きました。
「…カイル…アーシャ…」
ガクガクと、ルークは全身を戦慄(わなわ)せ、唇を噛む。
無意識の中に植え付けられていた、単一民族…サハリン人の選民思想が嫉妬と交わり、グラグラとルークの中で煮えたぎる。
「森だっ!森へ急げっ!あの森も、吸血鬼も、吸血鬼を惑わす異端の女も、凡(すべ)て焼き尽くせっ!」
最早ルークの顔に、アーシャを愛する優しさはなかった。
吸血鬼に拐われる事を望んだ、高潔なサハリン人の自分より、異端のカイルを選んだ彼女を憎む心で、どす黒く醜悪に成り果てていました。
正に愛と憎しみは紙一重。
松明を持った大勢の男を引き連れて、ルークはカイルの棲家の城があるリンドの森へと向かったのでした。
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