4人が本棚に入れています
本棚に追加
――昔々、欧州の外れのとある島国に、霧の深い森がありました。
その森の奥の奥に、大きな湖がありました。
湖の真ん中には小さな島が浮いており、いつからそこにあるのか、一体誰が建てたのか、そもそも誰が住んでいるのかすら分からない大きなお城が1つ、ぽつんと佇んでいました。
陽光と風雨に晒され草臥(くたび)れた灰色の壁面には、やはり草臥れた蔦(つた)が巻き付き、数えてみれば100はありそうなガラスの窓の凡(すべ)てには、陽光を遮るかのように黒いカーテンが掛かっていました。
まるで外界との接触を拒むようなその城を、湖のある森の外にある「エルブラート」の街の人々は、いつしかその城を「吸血鬼の住処」と呼ぶようになりました。
なぜ吸血鬼なのか、そこには明確な理由がありました。
遠い遠い昔から、エルブラードで吟われている不気味な唄。
――娘が産まれたら、新月の夜は十字架を纏わせ眠らせろ。
さもなくば吸血鬼がやってくる。
娘を拐(かどわ)かさんとやってくる。
己の花嫁にしようとやってくる。
娘を守りたくば、
新月の夜は、
誰も寝てはならない――
お伽噺と笑ってはいけません。
なぜなら100年前。
そんなものはハッタリだと宣った肉屋の主人が、その唄に逆らい、当時結婚を控えていた娘に十字架を持たせる事なく眠ってしまった為、哀れ娘は翌朝、忽然と姿を消したのです。
主人は己の無知と愚行に絶望し、妻と共に…吸血鬼の住まう城を囲む湖に身を投げました。
城に連れていかれたであろう娘に、懺悔するかのように…
それから100年。
娘を持つエルブラードの父母達は、肉屋の二の舞にならないよう、娘に十字架を抱かせ、不安な新月の夜を日々過ごしているのです。
最初のコメントを投稿しよう!