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同じ頃、アーシャは燭台を手に、修道院の厨房に向かっていました。
ロザーナが熱を出したので、氷枕の氷を取り替えに。
勿論、アーシャはロザーナの言い付けを固く守り、銀色のロザリオを胸に掛けていました。
今宵は新月。
吸血鬼が現れるから気を付けるんだよ。
ロザーナに散々念を押され、母屋から出る事を許されたアーシャは、冷たい冬の風の中、燭台の灯火が消えないように消えないようにと注意を払いながら、羊の皮袋に氷を入れていきました。
ガラガラと鳴る氷の音を聞きながら、アーシャはふと思ったのです。
もし吸血鬼が本当に存在するのならば、自分を拐ってほしいと。
ロザーナは優しいけれど、エルブラードの街の人は、誰1人自分に笑いかけてくれることはないから。
偽りの、お愛想笑いはあっても、その仮面の下にあるのは侮蔑と嫌悪の眼差し。
どうしてロザーナは、こんな娘(むすめ)をここに住まわせているのか。
そんな声が、あちこちから囁かれていることも、アーシャは分かっていました。
だからこそ、思ってしまったのかもしれません。
もし吸血鬼がいるならば、私を拐って欲しい。
エルブラードの住人からは恐怖の存在であっても、アーシャにとっては、この偽りと虚構に満ちたこの世界から、自分を解放してくれる救世主のように思えて仕方なかったのです。
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