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駅に到着し、私はバッグから定期を取り出す。が、勢い余って投げ飛ばしてしまった。
慌てて拾おうとすると、スッと手が延び、私の定期入れを拾い上げる。
「どうぞ」
差し出された定期入れを受け取り、頭を下げる。
「ありがとうございます!」
顔を上げた私は、相手の顔を見てハッとする。
「相変わらずドジやってるな」
拾った相手が呆れ顔で私を見る。
その相手は……彼だった。
私は驚きのあまり声も出ない。
そんな私の様子に苦笑いすると、ポンと軽く頭を叩く。
「しっかりしろよ」
「う、うん……」
私は恥ずかしいやらなんやらで、思わず下を向く。
(な、なんて時に……)
久しぶりに会った彼に、ちょっとドキドキしてしまう。
だが、そんな想いもすぐに掻き消された。
「じゃあ、俺行くから」
そう言って、彼が改札口へと歩き出す。
「あ……」
何か言わなきゃと思ったが、言葉が出てこない。
何も言えないまま、改札機を通る彼の背中を追い掛ける。と、人混みに紛れる間際に、こちらを振り返った。
「?」
私が不思議そうに見ると、彼は右手をちょっと上げ「じゃあな」と言った。
私も右手を上げ「じゃあね」と言う。
彼はちょっと笑うと、ホームに向かって歩いていった。
木枯らしが吹き抜け冷えきっていた私の心だったが、ちょっとだけ春風が吹いたように感じられた。
――おわり――
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