.ヨン / 前哨。

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.ヨン / 前哨。

 決めたことを悔やんだりしていない。正しいとも思っていないけど、(あやま)ったかどうかなんて踏み出したばかりでわかる訳も無い。  月の無い空のよう、とまでロマンチックなことを言うつもりも無いけど暗中模索に違いない。  あの、薄っぺらな空に滲む雲を掴もうとするのと同義だと。  スカスカと空を切って実体の無いものに伸ばすこの手の中は。  ほんの少し前まで握っていた誰かの手が在った。    【 ヨ ン / 前哨。 】  戦術カリキュラム。まぁ、名前のまんまだ。頭脳での模擬戦と言うか、シミュレーションだ。こうこうこう言う戦況でこう言った軍備で、さぁどうする、攻略せよ、って感じの。教官が出した戦況モデルに対して、前日行われた普通科の模擬戦を元に作成された、クラス別の戦績データを渡され三人以上四人まででチームを組み攻略作戦を立てる。ミーティングタイムのあとコンピュータを使い実際シミュレートするのだ。 「今日は対抗式か」  対抗式は要するに戦略を競い合うチーム戦だ。チーム別対抗戦。Aチームの戦略対Bチームの戦略って言う。戦術カリキュラムの授業は普通科の模擬戦授業といっしょで二クラス合同の場合も在る。今日は一つ挟んで隣のクラスと合同だった。 「あのクラスはウチと毎回順位が接戦だからな。今日の戦果は学年で注目しているだろう」  シミュレート結果は戦果として廊下に成績順みたいに貼り出される。椎名の、クラスが色めき立っていることへの解説に僕はへぇ、と気の無い返事をした。僕のチームメイトは椎名、邑久ともう一人。名前も思い出せない誰か。だいたいこの定番メンバーに一人プラスαと言う。αは日によって変わる。僕が加わっての初日に、(あぶ)れている人に声を掛けたのが始まりだ。僕は単純に一人で困っていた人間に他意も無く「入れば」と言っただけ。コレがいけなかった。あのとき、邑久と椎名が笑っていた理由が今ならわかる。  あの日から、しばらくチームを組むのが遅くなったのだ。昼休み中に決めなくてはならないのに、チャイムが鳴っても決まらないことも在った。椎名曰く「上位者のチームに入りたいのはみんな同じってことさ」成績に響く訳だし出来るだけ加点が見込めるところへ行きたい、そう言う人間と組みたい。  人として理解出来なくないが、授業が遅れる原因にされるのは迷惑だ。そもそも、邑久も椎名も散れば問題が無くなりそうなものを。僕の意見は邑久に即却下された。 「人の好き嫌い激しいあんたが何言ってんの。あんたのために私は櫻木教官に直談判してあげたのよ?」  恩着せがましいこと甚だしいが、後に椎名から「“香助は初めてのことが多いと思うのでここは成績に余裕の有る私と椎名で面倒見ます”とか丸め込んだんだよ」と聞いた。教官も、教室以外での標準装備たるほんわかした態度で眼鏡を直しつつ「そうねぇ。邑久さんたちなら心配無いわね」と承認したらしい。  椎名に関しては元から頼むつもりだったとかで異論も無く更に脇を邑久が固めるなら大丈夫だろうと。教官、完全に僕出汁(だし)だと思います。立派な出し汁です。 「俺、頑張りますっ」  で、最後の一人。三人でも可能人数なんだから選ばなければ良いのだけど、そうするとクラスで一人残るのだ。放って置くとクラス合同対抗式のとき相手のクラスから顰蹙を買うので、邑久と椎名に役目を押し付けられた僕が仕方なく「成績の悪い人間からローテーションで仲間に加える」と伝令を出した。……高慢な言い草だけれど驕っている訳じゃない。僕はともかく、邑久も椎名も成績が飛び抜けて良いんだ。成績が悪い人間からしたら良い挽回のチャンスだろう。  まぁ? 特別成績の悪い人間はいないけども。僕、邑久、椎名の以下は団栗の背比べだ。それであっても、下位と言うものは存在する。今意気込んで僕らに宣言した一人も悪くは無いが良くも無い平凡な成績の生徒だった。  奇しくも、最初に僕が誘った男子生徒である。「まぁまぁ。気楽に行きましょう」邑久が意気込む生徒の肩を揉む。「は、はいっ」と顔を真っ赤にして吃る男子生徒。後ろで小さく「ちっくしょ、邑久さんに肩揉んでもらってるぜ、アイツ!」「佐東(さとう)のヤツ!」滑稽な罵声が聞こえる。ああ、そうだ、佐東くん。よく在る名前の、漢字がちょっと変わっている。うん、佐東くんだ。 「邑久の言う通りさ。ウチは香助がいるから安心して良い」 「何で僕。お鉢回すのやめてくれないかな」  むしろ横流しの勢いで。こう言うとき、すかさず椎名は僕に水を向けて来る。自分は安全圏に逃げて行くのだ。 「だって間違ってないだろ?」 「大間違いだよ」 「俺も、橘くんに同意です! 鳴海くんがいるから心強いです」 「佐東くんねぇ、……」  僕は言い掛けてやめた。ニヤニヤと癇に障る笑顔の椎名になら毒も吐けるがきらきらと瞳を輝かせた一生懸命さ溢れる佐東くんには何か言える気がしない。僕が肩を落とすと邑久は苦笑しながら「まーまー。佐東くんにとって香助は“ニューヒーロー”なんだから仕様が無いってぇ」なんて宥めようとする。良いけどね、別に。てか。 「“ヒーロー”って……」  僕が嫌そうに顔を歪めると邑久が急に僕の肩を抱いて耳打ちして来た。「何」と言い掛けて「佐東くんはさ、」遮断された。 「香助が来るまで余ってたのよ。どう言うことか、わかるでしょ?」 「……おかしいだろ」  一瞬、邑久の科白が飲み込めず間を空けてしまった。おかしいだろ。僕が呟くと「おかしくないでしょ」邑久が反論した。 「香助が来て丁度の人数になって、私たちだけでチームにしたら一人余るの。簡単なことでしょ」 「……」  一回納得し掛けたけど、やはりおかしいと思い直す。邑久が言うことはおかしい。 「今の人数は一人増えたら確かに余るよ。だけどさ、邑久。一人減る分には余らないはずだ。違う?」 「……」  邑久が唇を尖らせて黙る。だって、僕がいなければ少なくとも邑久と椎名は二人になる。ここに一人入ればクラスのチーム分けは全部決まる訳だ。だって三人以上四人なのだから。僕がそのことを指摘すると邑久は苦虫を潰したみたいな顔で「香助、あのね」話し出した。 「このクラス、ってかこの士官候補コースって言うのはプライドの塊ばっかなの。エリートと言うのを鼻に掛けなきゃ生きていけないような、ね。そんな中で頭は悪くなくても、成績の平均点をちょっとでも下回れば、どんな扱いを受けるかわかるでしょう?」  想定内と言え、僕は眉間の皺が増えるのを止められなかった。不意に、普通科時代の己が脳裏に浮かぶ。僕もあの時分、補習はしても平均点はキープしていたのでここまでじゃなかったけど、侮蔑されたことが多々在った。多くは都香の取り巻き、都香信者にだ。 「本当、下らない」  僕の口からぽろりと落ちた。吐息混じりで、音量も最小で周辺は聞き咎めもしなかった。肩を組む邑久の外は。僕は首を巡らせて肩越しに佐東くんを見た。当の佐東くんは椎名と談笑していた。椎名の機転か佐東くんはこちらの会話には一切気付いていないようだ。  僕は邑久の拘束を解いて佐東くんに歩み寄る。そう言えば、邑久が僕の肩に腕を回しても陰口が叩かれなかったな。佐東くんは肩を揉んでもらっただけでぴーちくぱーちく囀ってたと言うのに。これが群集ってヤツか「佐東くん」本当に、下らない。 「は、はいっ」  椎名と楽しそうにお喋りしていた佐東くんは、突然僕に呼び掛けられ慌てて答える。その様子にも「……っちっ、佐東のヤツ、鳴海くんに手間掛けさせやがって」と小声で罵倒する。僕を悪口の材料に使うなっての。 「今日、絶対勝とうね」  僕は思いっ切り櫻木教官の笑みを念頭に置いて意識して微笑んだ。佐東くんは目を瞬いて次いでうれしそうに頬を染めて綻ばせた。 「人誑(ひとたら)し」  邑久が背後でぼそっと零した。うん、あとで絞めるね。  授業開始時、今日から対抗式はトーナメント制にするとお達しが出た。一週間、今決めたチームで戦略を出し勝ち抜けと言うことらしい。周囲から舌打ちが聞こえたけれど気のせいだね。なので、正式には二クラス合同ではなく全クラス合同だった。  ただ初戦は二クラスずつで平時と変わらず。合同は混合戦だから、隣のクラスかもしれないし同じクラスかもしれない。勝ち抜く毎に、ともすれば席だけじゃなくクラスを移動したりと何とも面倒臭いことこの上無い企画だ。 「勝ち抜けば勝ち抜く程、強いチームと当たる訳ね」 「運も関係するだろうな。良い駒ばかりのクラスが来れば良いけど」 「今日は来ても次回はどうか。コレは成績に影響大ね」 「関係無いですよ」  椎名と邑久が渡されたプリントを読みながら難しい表情で私見を交わしていると、意外にも口を挟んだのは佐東くんだった。無意識だったみたいで二人に注視され「あっ、いやっ」と口籠もる。僕も首肯して援護した。 「そうだね。戦況モデルにもよるし、一概には言えないよ」  要は、総員がどこまで適応出来るかだ。適正は勿論だが指揮官の手腕が問われる。普通科のデータから作られる駒がするだろう先の行動パターンを読み取ってどれくらい生かせるか。先手を如何程打てるか。勝敗を決めるのは指揮官の先読みの熟練度だ。 「“弘法筆を択ばず”、か」 「“弘法にも筆の誤り”、かもしれないけどね」  溜め息を吐きつつ言ちる椎名にさっくり応酬して僕は教官に配られた戦況モデルに目を落とした。今日の題目は「制圧戦」だ。目標はテロリストの活動拠点と言う設定。随分簡単なものだと思ったが情報量に視線を走らせると、その判断が間違いだとわかる。  少な過ぎる上曖昧なのだ。これでは、父さんのケースのように「実は間違いでした」なんて悲劇も生み兼ねない。シミュレートのくせに、そこまで精巧に設定を作られているのが戦略カリキュラムなんだ。……厄介だな。 「準備期間は一箇月の設定ね」 「その間に信憑性の高い情報を掴んで動くしかないな。駒のモデルは……」  邑久と椎名がああだこうだと議論する横で僕は総員データが僕の普通科時代在籍していたクラスだったことに気が付いた。ウチのクラスってことは倉中と……。僕は総員のデータを浚う。やっぱりだ。 「このクラス、練度はD。良くも悪くも無いわね」 「情報収集能力値は───」 「……。情報に関しては問題無い」  僕の一言に全員が目線を上げた。僕は「このクラスは情報系統に特化している者が多い。平均してこれだけの技術点を持っているなら潜入と、場合によっては攪乱が使えるだろう。一部部隊を編成して潜り込ませる。隣の村に」と告げる。目標の横十数キロ先に村が在り情報の一つにこの村で物資の調達をしているらしい。地図の見るに位置関係や地形からして間違いないだろう。僕の提案に邑久が食い付いた。 「ちょっと待って。隣の村ったって、確固とした情報も無い内から潜り込ませるの? 目標の体制がどうかもわからないのに。バレたらどうするの? なまじ出来たとしても、」 「流通を押さえるつもりですよね、鳴海くん」  猛反対する邑久の遮ったのは佐東くんだった。僕は「ああ」頷き「邑久」邑久を呼んだ。邑久は厳しい目で僕を見据える。僕は平然と「村と街との貨物や流通を押さえる。そこに紛れ込ませて徐々に範囲を詰める。街からの流通ルートなら警戒も薄いだろう。情報は何より大事だからな。慎重にしたい。が、期限も在る。実行の外にサポートを付ける。情報に裂く反面拠点が若干手薄になるだろう」言い放った。目標と交流の在る村は、もっと目標から数キロ離れた街と取引していた。街の内部も気にするところでは在ったが、街には自軍の駐屯地が在る。ならば、ここの情報は確かだろう。と言うか、下手すれば街がテロの標的になり兼ねない。協力は、惜しまないだろう。 「手の内を読まれていたら、どうするの? 作戦が洩れていたら奇襲だって……」 「そう言うときのために二重三重補助プランは練るものだろう。最悪、本営に罠を仕掛けても良い。街の駐屯地が本営じゃないしね。……邑久。対抗式と言っても僕たちが直にやり合うんじゃないんだ。全部作戦行動を入力したコンピュータが自動でやるだけ。目標の設定はいつだって僕たちと初対面だ。目標だって慎重に動くさ。僕たちにおいて重要なのは如何に欺いて成功率を上げるか、だよ」  目標が癖を知り尽くしたクラスメート自身なら、また別の練り方をするさ。作戦は手堅く、着実に。だが予測外を狙って。そう。対抗式なんて言ってもAの拠点をBが潰すとかでは無い。AとBに戦況モデルCを出し同等の戦力、準備期間の設定を与えて、より多く点数を取れたほうが勝ちと言うものであくまで、競い合うのは化かし合いの度合いで無く点数だった。補助とか、作戦ミスやアクシデントが起きた際手動で手ずから補正はするけど、その外はオートだ。  ま、化かし合いになると勝敗を決めるのに時間が要るってことだろう。多く経験値を学ばせるには数をこなすのが最良だし、成績を付けると言うことを鑑みれば、一律のレベルの中でやらせるのが実力も明らかになるってことなのだろう。  僕たちはその後も作戦を組み立てた。そうして、この日僕たちは勝った。  僕の知る倉中はあれで情報戦のエキスパートだ。何が面白いのか終ぞ理解出来ないままだったけれど、情報が好きだと言った。中身では無く流れを掴むのが好きだ、変遷を眺めているのが好きだと豪語していた。他の成績は中の中もしくは下くらいだのに、バランスの悪いことこの上無いが、情報だけはその手の機器も強く良かった。  倉中がいるあのクラスが負ける訳が無い。どんな采配か、情報関係に強い人間が多いクラスでも在ったから。  
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