.ヨン / 前哨。

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「通りで香助が情報に焦点を絞るはずよね。情報特Aがいるクラスだったなんて」  授業が終わり表示された戦果順も見て、さてHRと言うところだった。邑久が話し掛けて来た。 「データちゃんと見なかったのか」 「見てたわよ。けど付随データまで見てなかった。普通科は普通科での戦績しか基本出ないじゃない」  駒に反映される普通科のデータはまず基本的な名前と戦績の数値、ランクが出る。個人の補足された成績データは個人名をタッチして出るのだ。倉中もタッチして見れば異常なパラメータを確認出来ただろう。成績のランクはA、B、C、D、E、F、と在りAが最も良くFが最も悪い。特Aはランクにも入らない程に最優秀ってことだ。 「あー、見落としたなぁ。ケアレスミスだわっ」  最近香助に任せっ切りだからかしら。邑久がぼやく。普通科に特Aがいること自体おかしいことなんだけどね。「僕も大して見ていないよ」僕がぽそり返した。「え、」邑久が何らか続ける前に僕は教室へそそくさと逃げた。  だって、僕はデータを全部チェックする必要性は無かった。僕にとって既知の事柄なんだから。  僕たちは順当に勝ち進んで、順位も着々と上がって行った。僕は首位とか興味無かったけども必然的に候補に挙がらざるを得ない。  そして最終日。本日の題目は「掃討戦」。先日は「撃退戦」だった。掃討と制圧は一見似ているようでまったく違う。危険分子、不安分子を残らず排除することを掃討、暴徒などを力で抑え付けることを制圧と言う。今日やるのは掃討だ。完全なる排除。ふむ。僕はデータを流し読みして、駒のデータで目を疑い二度見した。……嘘だろう? 「よりにもよって……」  掃討戦で使う駒のデータ、参考先は都香のクラスだった。  結果として、僕たちは首位に輝いた。だけれど、以前邑久が言っていた『扱いづらい』発言を僕は身を以て知ってしまった。今日びシミュレーションシステムがよく出来ていることは認めよう。認めても良いけど、何も性格ってか行動パターンまで真似なくて良いんじゃないかな。  都香の駒は扱いづらかった。と言うか独断専行が多い。率先して動く駒。……指示する人間の気持ちも考えてほしい。どんなに都香が強くても、これじゃ指揮官は毎度胃を痛める羽目になる。  都香の上官にはなりたくないな。本気で思う。アイツはサポートする分には嘆息量産機だが上司には病欠量産機になりそうだ。それでも、普通科ではアイツは英雄だからね。貼り出されている戦果を見ていた僕はふと、横に目をやった。  佐東くんがうれしそうに顔を赤くしていた。静かに、興奮しているようだ。佐東くんは初めて良い成績を収めたらしいから、心からよろこんでいるのだろう。僕は複雑だけれども。  佐東くんは、正直莫迦じゃなかった。気後れしていると言うか、少々押しに弱いところが在るだけで、視野は邑久、椎名より広い。先読みの精度も悪くない。ぶっちゃけ、二人より僕の痒いところに手が届いている感じだった。思うに、今までは引っ込み思案で消極的な性分で己の主張など言えなかったのではないか。言ったとしても通らなかったのではないか。最後まで根拠も語らせてもらえないまま棄却されたのではないか。こう考えたらしっくり来るのだ。 「……佐東くんはさ、」 「え、あっ、はいっ!」 「畏まらなくて良いよ、『同級生』なんだから」  わざと“クラスメート”、でなく“同級生”と僕は言った。両方同じ意味を持つ単語だけど『同級生』のほうが対等感が有る気がして。何となく。佐東くんは瞠目して、次には微笑して「……、ありがとう、鳴海くん」照れ臭そうにお礼を口にする。僕は敢えてそこに触れず「うん、それでさ、」中途半端にした話へ戻した。 「佐東くんはさ、もっと自分の私見とか見解とか、言って良いと思うよ」 「え、」 「飲み込んだら苦しいし、良い結果になんかならないよ。間違ってたって良いじゃない。意見交換して間違いが在るなら正せば良い。考えを交わして不安だって取り除けるかもしれないだろう? 更に良いものに出来ることだって在る。一人で抱えて靄々するのなら、自信が無いなら言っちゃいなよ」 「……」  畳み掛けるように話して僕は一旦黙って佐東くんを窺い見た。佐東くんは俯き加減になってしまって面容は見ることが叶わない。佐東くんは僕の頬ぐらいの辺りに天辺が来る身長だった。都香と比べてやや佐東くんが勝つくらいか。邑久に至っては佐東くんと変わらない。と言うか、ミリ単位邑久が高い。 「佐東くんの事情も在るのに勝手なこと言ってごめんね。だけどね、僕は今回凄い佐東くんに助けられたと思ってるんだ」  佐東くんの様相を観察して僕は再度口を開いた。謝罪、あとに佐東くんを褒めた。 「えっ、」 「佐東くんは補佐に向いているんじゃないかな。佐東くんが補佐官なら上官は物凄い助かると思うよ」  佐東くんはとても控え目だ。しかし彼みたいな人が支え役には最適なんだ。邑久や椎名はかなり頼りになる。けれど二人は押しも灰汁も強い。補佐より指揮官や司令官向きだ。つまり派手で人目を集め人望も在る。補佐は、人望は有ったほうが良いけど目立ってはいけない。縁の下の力持ちであるのがベストだから。  佐東くんが芯を強く持ってくれれば良い補佐官になれると僕は見立てている。  僕が言葉を重ねようとしたとき。 「良いよなぁ、佐東のヤツ」 「こんな大チャンスにさぁ、上位グループとチーム組めたんだぜぇ」 「アイツはさ、頭悪いくせに運だけは良いからな」 「そーそー。知ってるか? アイツさー、碌な案も出さねぇの。よくアレでこのコースにいるよ」 「ははっ、言えてるぅ」  下世話で品の無い笑い声が響く。僕の耳にしっかり入ったってことは佐東くんにもはっきり聞こえた訳で。萎縮する佐東くんを横目にしながら僕は大仰に、確実にそいつらにも届くよう大きく息を吐いた。途端、悪口を喋っていたヤツらはびくっと体を震わせた。僕は、都香の如く熱い人間ではない。都香のように他人のいざこざに首を突っ込む気性でもない。けれどね。  だからって、ぜーんぶスルー出来る人間性でもないのだ。 「……何か、今日は廊下が騒がしいね、佐東くん」  僕は、わざわざ真っ向から言いはしない。都香とは違う。都香は直接抗議するだろう。これでは駄目だ。喧嘩両成敗になってしまう。効率的に、相手だけダメージを受けねばならない。僕は、ゆえに佐東くんに笑い掛けた。佐東くんは突如世間話をのんびり振る僕に当惑しつつも「そ、そうですね」と肯定した。うん、それで良い。僕は笑みを深めて並べ立てる。 「最下位の人とか、悔しいのかな、やっぱり。順位が低いと、普段がどうあれ数字がすべてだし、ね」  コレでまた成績決まっちゃってるもんねぇー。僕はあくまでも世間話として話す。あの連中の順位なんて把握していないが、僕の然り気無い口撃に具合が悪くなっているようだ。今後、この成績を覆すために必死になるだろう。何たって成績が悪いことがどんなことより罪とする価値基準だ。汚名は返上したいに決まっている。  で、トドメ。 「今回の対抗戦、佐東くんの御蔭で本当良い働きが出来たよ。不思議なのは佐東くんの成績だよね。こんなに凄いのに。つくづく思ったよ。佐東くんの成績が揮わなかったのは、チームメイトが悪かったんだね。  仲間の良いところも生かせないようじゃ、人の上に立つ士官候補としてまず資質が無いよね」  部下も付いて来ないねーそんなんじゃ。僕の発した科白に廊下が凍る。だけども誰一人として抗弁しない。聞き耳を立てていた外野はおろか悪口集団も。当然だよね。  ここで口出ししたら“自分がそうだ”って認めるようなモンだから。僕は世間話をしているのであって“誰がどう”とは明言していない。僕は殊更微笑んだ。目だけは嘲笑だっただろうけど。 「……何、場の空気凍らせているのよ」  現れるなり邑久がうんざりした風体で僕に洩らした。僕は邑久の苦言を置いて「お帰り」と返した。僕の平常では目にしない満面の笑顔に胡乱げな視線を寄越して「無視かい」と悪態を付かれた。椎名も戻って来ていて、僕と椎名は手を挙げて挨拶した。  邑久と椎名は教官に呼ばれていたのだ。士官候補コースのクラスにクラス委員はいないらしく、二人が成績上位者と言うことで教官たちの覚えもめでたいのか雑用を頼まれていた。 「椎名、椎名。香助、超怖いんですけど」 「何気に、コイツの精神攻撃は痛いからな」 「精神攻撃なんかしてないよ」  だって、攻撃なんか出来る訳無いじゃない、世間話で。僕が嘲るように呟けば邑久たちは顔を見合わせ「確信犯だわ」「香助だからな」と、失礼千万だなコイツら。 「あ、あと。僕、佐東くんいると凄い助かるから、チームは当分僕たちと佐東くんで良いよね」  と宣言した。声量は勿論、大きめ。佐東くんが目を引ん剥いていた。廊下と僕たちの教室がさざめいたが僕はちょっとボリュームを上げ「よろしくね、佐東くん」と右手を差し出した。度重なる急展開に戸惑い躊躇する佐東くんの手を両手で掬い挙げ強引に握った。僕の行為に空気の読める椎名がフォローした。 「香助が言うんだし、良いんじゃないか。僕は構わないよ。  佐東は使えるし」  さすが椎名。皆までどころか何一つ伝えていないのに良い付け足しだ。邑久は邑久で。 「まぁ、良いけど。香助が良いなら私も良いよ。  佐東くんは、的外れなこと言わないしね」  邑久は通常おチャラけているが雰囲気を感じ取れない訳ではない。むしろ意図的に黙殺しているのだ。愉快犯に近い感性は、ときに心強い。ときに、鬱陶しいけども。士官になったら、部下の胃薬を増やすだろうな。都香と立場が違うだけか。や、都香は天然だけど邑久は自覚有りか。 「そうでしょう? 佐東くんが一番気遣わなくて良いよ。  遠回しに、誤った見解をいちいち是正させられるのは困るもの」  別に、僕も邑久も椎名も“佐東くん以外が無能”だなんて言っていないよ。  ただ、佐東くんがとても優れていて、今後も佐東くんと仲良くやろうってだけさ。……まぁ、これはこれで反感を買うだろうし真っ先に矛先が向けられるのは佐東くんだろうからその辺は押さえて置かないと。  僕は脳内で一人奸計を巡らせていた。  
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