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僕の声は小さく食み出た。瞬時に加害者たちに聴かれてやしないかと鼓動が強く鳴ったが彼らは獲物に夢中らしく蚊帳の外から観察中の第三者へ注意を払った様子は無い。と言っても、僕がこっそり戻ろうとするのを遠回りしても見咎めないとは思えない、が。
僕が考えるのはそんなささやかなことでは無くて。殴る蹴るされている被害者を僕は誰だかわかってしまって、知っている人とも判明して硬直してしまっていた。はっきり明言出来る。知り合いの先輩だ。しかもそこそこな長さの付き合いの。知人だと判別と同時に僕はしかし安堵した。“『あの人』なら大丈夫だ”と。『あの人』なら怪我の心配すら要らない。問題はそこに無い。ここが一番の安堵の部分で。あの人数だとしてもだが。
「……助けるべきか、ねぇ……」
そうなんだ。問題は、ここ、だった。『あの人』と知って尚、自己の不利が強いのに、助けたほうが良いのだろうか悩んでいた。通例なら、助けるのは何とも無くても、むしろ知人である場合余計に、然るべきなのだろうが。僕的には『あの人』が加害者たちに好き勝手させていることが疑問だった。『あの人』でない違う人が被害者なら、疑う余地も無くて仕方なしにでも助けたかもしれないけれど。
『あの人』だからわざとなんじゃないの、とか。思う訳で。だったら僕が間に入る必要無いじゃない、とか。せっかくこの数箇月目立たずいたのに危険は冒さず避けても、とか。言い訳のようにぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ所見を、様々出しては回して拡げ、脳内で職人さながらピザ生地の如く扱っているときだ。
人は、突かれると駄目だと思う。虚でも弱点でも何でも。
「あんたたち! 何してんのよぉっ!」
……はい。僕からしたら、お前が何してんだよ、と。突如響いた声に停止したのは加害者たちだけじゃない。僕も思索のピザが膨らむ前にぶった切られた。『あの人』も吃驚したに違いない。聞き覚えの在る声音は、凛とした名残を持って張り上げられて─────莫迦じゃないかっ? 飛び出そうとした僕の耳に重い音が滑り込む。覗き込むのではない、身を乗り出してきちんと正面から収めた視野に繰り広げられていたのは形勢逆転の構図。
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