.ヨン / 前哨。

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 人として理解出来なくないが、授業が遅れる原因にされるのは迷惑だ。そもそも、邑久も椎名も散れば問題が無くなりそうなものを。僕の意見は邑久に即却下された。 「人の好き嫌い激しいあんたが何言ってんの。あんたのために私は櫻木教官に直談判してあげたのよ?」  恩着せがましいこと甚だしいが、後に椎名から「“香助は初めてのことが多いと思うのでここは成績に余裕の有る私と椎名で面倒見ます”とか丸め込んだんだよ」と聞いた。教官も、教室以外での標準装備たるほんわかした態度で眼鏡を直しつつ「そうねぇ。邑久さんたちなら心配無いわね」と承認したらしい。  椎名に関しては元から頼むつもりだったとかで異論も無く更に脇を邑久が固めるなら大丈夫だろうと。教官、完全に僕出汁(だし)だと思います。立派な出し汁です。 「俺、頑張りますっ」  で、最後の一人。三人でも可能人数なんだから選ばなければ良いのだけど、そうするとクラスで一人残るのだ。放って置くとクラス合同対抗式のとき相手のクラスから顰蹙を買うので、邑久と椎名に役目を押し付けられた僕が仕方なく「成績の悪い人間からローテーションで仲間に加える」と伝令を出した。……高慢な言い草だけれど驕っている訳じゃない。僕はともかく、邑久も椎名も成績が飛び抜けて良いんだ。成績が悪い人間からしたら良い挽回のチャンスだろう。  まぁ? 特別成績の悪い人間はいないけども。僕、邑久、椎名の以下は団栗の背比べだ。それであっても、下位と言うものは存在する。今意気込んで僕らに宣言した一人も悪くは無いが良くも無い平凡な成績の生徒だった。  奇しくも、最初に僕が誘った男子生徒である。「まぁまぁ。気楽に行きましょう」邑久が意気込む生徒の肩を揉む。「は、はいっ」と顔を真っ赤にして吃る男子生徒。後ろで小さく「ちっくしょ、邑久さんに肩揉んでもらってるぜ、アイツ!」「佐東(さとう)のヤツ!」滑稽な罵声が聞こえる。ああ、そうだ、佐東くん。よく在る名前の、漢字がちょっと変わっている。うん、佐東くんだ。 「邑久の言う通りさ。ウチは香助がいるから安心して良い」 「何で僕。お鉢回すのやめてくれないかな」  むしろ横流しの勢いで。こう言うとき、すかさず椎名は僕に水を向けて来る。自分は安全圏に逃げて行くのだ。 「だって間違ってないだろ?」 「大間違いだよ」 「俺も、橘くんに同意です! 鳴海くんがいるから心強いです」
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