.ヨン / 前哨。

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 僕は邑久の拘束を解いて佐東くんに歩み寄る。そう言えば、邑久が僕の肩に腕を回しても陰口が叩かれなかったな。佐東くんは肩を揉んでもらっただけでぴーちくぱーちく囀ってたと言うのに。これが群集ってヤツか「佐東くん」本当に、下らない。 「は、はいっ」  椎名と楽しそうにお喋りしていた佐東くんは、突然僕に呼び掛けられ慌てて答える。その様子にも「……っちっ、佐東のヤツ、鳴海くんに手間掛けさせやがって」と小声で罵倒する。僕を悪口の材料に使うなっての。 「今日、絶対勝とうね」  僕は思いっ切り櫻木教官の笑みを念頭に置いて意識して微笑んだ。佐東くんは目を瞬いて次いでうれしそうに頬を染めて綻ばせた。 「人誑(ひとたら)し」  邑久が背後でぼそっと零した。うん、あとで絞めるね。  授業開始時、今日から対抗式はトーナメント制にするとお達しが出た。一週間、今決めたチームで戦略を出し勝ち抜けと言うことらしい。周囲から舌打ちが聞こえたけれど気のせいだね。なので、正式には二クラス合同ではなく全クラス合同だった。  ただ初戦は二クラスずつで平時と変わらず。合同は混合戦だから、隣のクラスかもしれないし同じクラスかもしれない。勝ち抜く毎に、ともすれば席だけじゃなくクラスを移動したりと何とも面倒臭いことこの上無い企画だ。 「勝ち抜けば勝ち抜く程、強いチームと当たる訳ね」 「運も関係するだろうな。良い駒ばかりのクラスが来れば良いけど」 「今日は来ても次回はどうか。コレは成績に影響大ね」 「関係無いですよ」  椎名と邑久が渡されたプリントを読みながら難しい表情で私見を交わしていると、意外にも口を挟んだのは佐東くんだった。無意識だったみたいで二人に注視され「あっ、いやっ」と口籠もる。僕も首肯して援護した。 「そうだね。戦況モデルにもよるし、一概には言えないよ」  要は、総員がどこまで適応出来るかだ。適正は勿論だが指揮官の手腕が問われる。普通科のデータから作られる駒がするだろう先の行動パターンを読み取ってどれくらい生かせるか。先手を如何程打てるか。勝敗を決めるのは指揮官の先読みの熟練度だ。 「“弘法筆を択ばず”、か」 「“弘法にも筆の誤り”、かもしれないけどね」
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