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砂塵舞う中、被害者の前に男が一人倒れている。加害者一味だった。その上に片足が乗っていた。細身の影が踏み付けた男を斬り捨てるような眼差しで見下ろす─────影の艶やかな黒い髪が砂煙に靡いた。
「……いい年して、いじめなんて、格好悪っ」
吐き捨てるのは正しい文句、だけども活用方法は正しいとは思えない────やっぱり、莫迦じゃないのか!
「っ、……都香(みやこ)のヤツ……!」
倒れている男に蹴りを食らわせたとき、乱れたらしい長い髪を掻き上げた。華奢な闖入者の伏せがちだった顔が露になる。険しく歪められた顔は、状況には僅かにも似合わない童女の可愛らしさが在った。表現を探すなら、花開く前の蕾の美しさを孕んだ愛らしい造作。着物でも着て芍薬然と立っているのが相応しい。そんな和製美女の作り掛け、市松人形みたいな少女が気絶した男を土台に武士が如く毅然と、一同を睥睨している。
どこかリアルに欠ける光景に皆が固まっていた。そりゃそうだろう。百八十を前後していると見受けられた加害者集団。その内の一人が、一見可憐な少女にいとも簡単にやられちゃあね。僕は息を吐くところで飲み込んだ。どうにもならないからだ。飲み込んだ息は鼻から抜けた。
体を半分出す状態で動きを止めていた僕は体勢を整えた。加害者たちは、この期に及んでまだ僕の存在を感知していない。都香の登場に僕は、暴行現場への出場を余儀なくされてしまった。現況において僕が知られていないのは好都合だと思う。最悪僕も加勢だろうから、立ち位置を見極めなくてはならないし。……ふむ、だけれども。
都香に、僕の手助けは必要だろうか。『あの人』も、都香の出現に転がっているだけで済まなくなっただろうし。その証拠に。
「……んだよ、てめぇ」
『あの人』の、空気が変わった。
「人に名を訊くときは、自分から名乗りなさいって教わらなかったの? それともそのお粗末そうな脳みそじゃ覚えていられないとか?」
「んだと、こるぁっ。てめぇ、俺らを誰だと、」
「知る訳無いでしょ。ああ、無抵抗の一人に寄って集って暴力を振るう卑怯で臆病な愚か者なヤツら、ってことなら一目瞭然ね」
「こんのアマっ……」
度重なる都香の挑発にだいぶ正気を戻した加害者たちは気色ばむ。まったく、都香と来たら。こちらは肝を冷やしてしょうがないと言うのに。都香は臆することも無く自身の身の丈を優に越す男共を睨め付けた。
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