.ヨン / 前哨。

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僕は殊更微笑んだ。目だけは嘲笑だっただろうけど。 「……何、場の空気凍らせているのよ」  現れるなり邑久がうんざりした風体で僕に洩らした。僕は邑久の苦言を置いて「お帰り」と返した。僕の平常では目にしない満面の笑顔に胡乱げな視線を寄越して「無視かい」と悪態を付かれた。椎名も戻って来ていて、僕と椎名は手を挙げて挨拶した。  邑久と椎名は教官に呼ばれていたのだ。士官候補コースのクラスにクラス委員はいないらしく、二人が成績上位者と言うことで教官たちの覚えもめでたいのか雑用を頼まれていた。 「椎名、椎名。香助、超怖いんですけど」 「何気に、コイツの精神攻撃は痛いからな」 「精神攻撃なんかしてないよ」  だって、攻撃なんか出来る訳無いじゃない、世間話で。僕が嘲るように呟けば邑久たちは顔を見合わせ「確信犯だわ」「香助だからな」と、失礼千万だなコイツら。 「あ、あと。僕、佐東くんいると凄い助かるから、チームは当分僕たちと佐東くんで良いよね」  と宣言した。声量は勿論、大きめ。佐東くんが目を引ん剥いていた。廊下と僕たちの教室がさざめいたが僕はちょっとボリュームを上げ「よろしくね、佐東くん」と右手を差し出した。度重なる急展開に戸惑い躊躇する佐東くんの手を両手で掬い挙げ強引に握った。僕の行為に空気の読める椎名がフォローした。 「香助が言うんだし、良いんじゃないか。僕は構わないよ。  佐東は使えるし」  さすが椎名。皆までどころか何一つ伝えていないのに良い付け足しだ。邑久は邑久で。 「まぁ、良いけど。香助が良いなら私も良いよ。  佐東くんは、的外れなこと言わないしね」  邑久は通常おチャラけているが雰囲気を感じ取れない訳ではない。むしろ意図的に黙殺しているのだ。愉快犯に近い感性は、ときに心強い。ときに、鬱陶しいけども。士官になったら、部下の胃薬を増やすだろうな。都香と立場が違うだけか。や、都香は天然だけど邑久は自覚有りか。 「そうでしょう? 佐東くんが一番気遣わなくて良いよ。  遠回しに、誤った見解をいちいち是正させられるのは困るもの」  別に、僕も邑久も椎名も“佐東くん以外が無能”だなんて言っていないよ。  ただ、佐東くんがとても優れていて、今後も佐東くんと仲良くやろうってだけさ。……まぁ、これはこれで反感を買うだろうし真っ先に矛先が向けられるのは佐東くんだろうからその辺は押さえて置かないと。
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