.ヨン / 前哨。

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「んぁ、コレかぁ? コレはなぁ、問題が起きて逃げたときにたとえ目撃されても普通科だと思われて逃げ切れるじゃねーか。良い考えだろー?」  士官候補生は頭使わねぇとなぁ、と下品な笑い方をして吹聴している。僕は同調するように顔色を一つも変えなかったけれど心底「捕まったらいっしょじゃん、莫迦じゃないの」って思っていた。しかも士官候補コースで特定の人物がずーっと作業着着てたら目立つしね。僕が黙視していると「つーか、お前だってこの前は作業着だったじゃねぇか」などと言われた。僕は間髪入れず応答した。 「……僕は一学期まで普通科だったもので」  こんな頭の悪い策の仲間にされては堪らない。冗談だって死にたくなる。僕の平身低頭振りがお好きなのか僕が過去に普通科だったことに優越を感じたのか知らないがとても楽しそうに。 「おう、そうか。そりゃあ良かったなぁ。お前もこれで晴れて俺たちの後輩だな」 「ええ」  ははは、一遍死ねば良いのに。父さんが死んでから人の死を願うなんてとんでもないことだと思っていたけども、考えずにいられないくらい僕はこの人たちが嫌いなようだ。内心、さっさと行ってくれないかな僕たち授業に遅れるんだけど、と腹を立てていた。おくびにも出しませんが何か。僕の不機嫌を察知したのか出しゃばることの無い椎名が口を挟んだ。いつもこう言った場面で進言するのは邑久の役割だった。けれどもその邑久はこれ以上無いくらい嫌悪に染まって口を一文字に引き結んでいた。 「申し訳在りません先輩方。僕たち次の授業がございますので」  椎名の莫迦丁寧な申し入れを咎めることも無く「おお、そうだな」と思ったより素直に連中は聞き入れた。授業大事なところは士官候補と言うことか。成程、この前の羽柴先輩の件でも僕の説得に渋りつつも応じた訳だ。 「じゃあな、しっかりやれよ」  先輩風を吹かせながら僕の肩を叩いて連中は去って行く。僕は一応会釈した。椎名も、僕たちの陰に隠れていた佐東くんも。邑久だけが睨め付けていた。  連中の一人がそんな邑久に「ひめかちゃーん、今日も可愛いねぇ」と野次を飛ばして来た。邑久はますます剣呑とした空気を漂わせたが口を開くことはしなかった。それで良い。僕は連中が振り向いても目に留まらないよう体で隠して邑久の腕に触れた。邑久の表情が和らぐ。連中の姿が見えなくなって邑久が。 「────何っなのよアイツらぁぁああああっ」
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