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叫んだ。どうどう、と椎名が宥める。佐東くんは緊張していたのか息を詰めていたらしく緩急付けて深呼吸していた。
「香助」
「何」
僕も疲労感から溜め息を吐いていると比較的平静を保つ椎名が僕を呼んだ。僕も応えた。
「知り合いなのか、さっきの」
「───。知り合いではないけど、一学期ちょっと在ってね。まさか士官候補だとはね」
僕の説明に椎名は得心したと一つ首を縦に振り「また面倒なヤツらに覚えられているな」と言う。僕も「でしょう。嫌になるよ」と空笑いを浮かべた。時計に目を落とせば始業時間が迫っている。無駄にしてしまった感満載で、僕は「急ごう」と声を掛けた。みんなは同意して歩き始め、歩みを速めた。
「ねぇ、香助。アイツらとは関わっちゃ駄目よ」
連中に絡まれた日の昼休み、邑久が購買の弁当を突付きながら僕に忠告した。僕はパンを齧りながら「嫌だって関わりたくないよ」と反論した。ふ、と僕はあることに気付く。
「そう言えば邑久とアイツら、面識が在るの?」
邑久の態度や連中の物言いに昨日が初とは考え難い。同じ士官候補コースの腐っても先輩後輩で、邑久は成績上位者だし向こうは向こうで悪目立ちしていそうだから顔は知っていてもおかしくは無いと思うけど……どうも違う気がするんだよね。邑久の嫌悪感が最早憎悪の域と言うか。邑久は容色を見る見る内に変容させて歯軋りした。
邑久の気色ばんで変わり果てる有り様に佐東くんが本心で怯えているので、僕は椎名に目で合図を送った。僕より椎名のほうが断然邑久の操縦が上手い。椎名は一つ息を吐いて「邑久、落ち着け」と邑久の肩を叩いた。邑久は佐東くんの戦慄いている様に正気に戻ったらしく「ごめん」とばつが悪そうに謝っては口籠もる。
「……で、そこまで嫌う程の何かが在る訳ね」
僕はパンを銜え邑久を見遣る。邑久は一つ出汁巻き卵を口内に放り咀嚼している。これを機に話題は途絶え僕らは黙々と粛々と昼食を進める。しばし間を空けて邑久が開口した。
「アイツらの内、馴れ馴れしいのがいたでしょ?」
「邑久に、“可愛い”って言ったヤツ?」
「そう、それそれ。そいつがさー……一学期のときちょっと、しつこくて」
「ああ、告られた?」
「断ったのよ? あんなのでも先輩だし? 丁寧に、わかり易く」
「それがマズかったんじゃないの?」
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