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「何か違ってる? あんたたち、先輩が反撃しないのを良いことに好き勝手してるだけじゃない。言って置くけど、それは先輩のやさしさよ。まぁ? そんなことわかる訳無いでしょうけど」
都香は鼻で嗤った。都香の指す“先輩”は『あの人』だ。……果たして、“やさしさ”だろうか。確かに『あの人』は反撃を禁じていたのだろう。自らに枷をして抑制したのだ。全神経をギリギリで避けたり庇うこと────受け止める、でなくば受け流すことに集中させて。
だけど、これを“やさしさ”だとするのは少しおかしい話だ。本当に『あの人』がやさしいのなら、打撃を与えずとも反撃すべきだ。全力を出さなくても礼として向き合うべきなのだ。授業には護身術として格闘技も入っている。相手も丸きりの素人じゃないのだから。
出来るくせにしないのは、逆に見下しているようにしか感じられない。詰まるところ、『あの人』は、“先輩”は、礼儀なんか払う気も無かったんだ。敢えてされるがままと言うのは対峙する価値も無い煩わしい輩への最大の嫌がらせだった、と。そうとは知らず莫迦なヤツらは気が済んで次第に絡んで来なくなる訳だ。……どう考えてもやさしくないよなぁ……。小莫迦にしているものな。
僕は『あの人』をよく知っている。事実、頭が微妙に動いたのは『あの人』が都香の科白のあとで、しまった、と考えたからに間違いない。あーあ、と僕は合掌したのだけど。
「怪我しないようにって配慮よ。先輩の実力じゃ、下手したら死んじゃうかもしれないしね。先輩に構ってもらえて良かったわね、お莫迦さんたち」
「ぁんだとぉ!」
都香の言い分に、成程、都香はそう判断した訳だと僕は思ったが悠長なことも言ってられない。沸点がとうとう頂きに達したのを感じた。─────ここまでだろう。
「……先輩方、予鈴鳴りますよ」
深呼吸を終えて発した僕の第一声は、都香へ向かっていた怒気を程々下げた。先輩方、加害者たちとしては、僕は都香に次ぐイレギュラーの介入だっただろう。
「僕は続けていただいても一向に気にしませんが、教科担当の教官によっては遅刻に対する厳罰も変わるのでは? 特に実践、実技の教官は厳格ですから、遅刻程度でも心証を悪くして単位に響くでしょう。……彼らも、この事態が表に出ることは望まないでしょうし。如何でしょうか? 先輩方も騒ぎになることは本意では無いんじゃないですか?
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