20人が本棚に入れています
本棚に追加
引いては、いただけませんか」
彼ら、の辺で都香たちをちらと目で示す。僕の意見に加害者の先輩方は黙考し出した。揺れているのだ。どっちが最良かわかっているにも関わらず素直に従わないのは、矮小なプライドのせいだ。
「僕は最年長である先輩方にお任せするしか無いと思っておりますので……お願い出来ませんでしょうかね」
頭を下げつつにっこり、愛想笑いなんて教官にすら稀にしかしないのに、してみたり。加害者たちは僕のこのスマイルが多少プラスになったかは不明だが、立てた言い方には気を良くしたのだろう。
「仕方ねぇな」
「今回だけだぞ」
「そこまで言われちゃあな」
「お前の顔立ててやるよ。感謝しろよー?」
渋々とした風体を装って口々恩着せがましいことを言う。僕は笑顔を造る皮が剥がれないことだけ注意した。やばいやばい、引き攣りそうだ。僕は「有り難うございます」と心にも無いことを告げた。「ちょっ……!」抗議しようとした都香の口を咄嗟に塞ぎながら。
立ち去って行く加害者たちを見送り見えなくなると、都香の口から手を外した。
「ちょっと、香助(きょうすけ)! どう言うつもりよ!」
手が離れてすぐ、都香は僕に噛み付いて来る。面倒で僕は無視を決め込み、起き上がっていた『あの人』、先輩に手を貸した。
「大丈夫ですね」
「うん、有り難う」
先輩は僕の手に自分の手を重ねて立った。こんなのが要らないのは自明だったが都香から逃れるためにわざとした。先輩も気付いていただろう。共犯だ。
「先輩っ、大丈夫ですかっ?」
この場景に慌てて都香も寄って来た。こっちは疑問系。どう見ても大丈夫に決まっている。ぴんぴんしているところからも骨に異状は無さそうだが「先輩」念には念と言う。
「一応、何か理由を付けて医師に診てもらってください。骨折は妙な箇所でもしますから。尾てい骨なんかを折って熱を出したり中にはそれが原因で死ぬケースも無い訳では在りませんし。皆無じゃない、と言うだけですけど」
火薬も取り扱う高等学校では保健室に養護教諭ではなく医務室に軍医が常駐している。骨折から来るショック死は意外とめずらしくない。人体は複雑で予期せぬ部分で異常を引き起こすものだ。
「……へぇ。尾てい骨ってことは、つまりその骨折は尻餅でなったんだね」
「強打したんでしょう。勢い付けて転べば、致命傷を負うのは子供も大人も差は無いと言うことです」
最初のコメントを投稿しよう!