.サン / 分離。

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 編入して、半月が経った。僕は学期始めの学力テストも一位だったらしく、首位をキープしたままだった。同じクラスの連中も馴染んで来たらしく余所余所しさは取れてどこか馴れ馴れしくなった。  編入の時点で日常の変化は劇的だったが、中でも著しかったのは僕の周りに必ず多数人がいるようになったことだ。普通科のときと真逆だった。普通科での都香みたいに、騒がしくなった。僕がトップで成績優秀ゆえだろうが、不意に僕はわらった。僕に話を振り続ける名もあやふやな彼がおかしいからではない。  環境や重視される事柄は違えど、人は己が価値を見出したものに群がるものなのだと改めて認識したせいだ。 「僕はさ、思うんだよ! この国ならばっ、────」 「……そうだね」 「だろっ? でさー」  意気揚々と語る彼は余程の軍国主義のようだ。逐一こちらを窺うので適当に相槌を打ってはみるが少々辟易していた。どうしたって僕がこんなことのために昼休みを割かねばならないのか。ここのところいつも僕はこう言う感じだ。以前の僕ならば少ない友人と二、三言葉を交わして共に過ごすか一人で人気の無い場所へ行き過ごすのに。  いるのが彼だけじゃなく、彼の友人なのかどっちにせよ同類だろう輩もいて、周囲を固めていて逃亡のタイミングも計れない。くそ、ストレスが溜まる。  話も一人興に乗っているのか一方的に喋り倒している彼と、彼の友人らしい人々に僕の苛々もピークへ達し掛けていたときだ。 「香助ぇ」  邑久だった。初日から絡んで来た邑久は早い段階から僕を下の名前で呼んだ。その邑久は僕の周辺に群がって固まっているヤツらの間を割って入り僕の手を掴んだ。 「教官に頼まれちゃったの。お願い、来て」  突然割り込んだ邑久に呆気に取られた軍国主義のヤツらは、けれど僕の次に成績上位の邑久に逆らえないようだった。渋い顔はするものの異を唱える声は上がらない。これを良いことに邑久はヤツらを空気みたいに扱う。僕は噴き出すのを堪えるので精一杯だった。どの場でもそうだけれど、とんだヒエラルキーだな。 「香助、行くぞ」  邑久に連れられ、軍国主義の輪から抜け出せた僕へ教室の出入り口に立っていた椎名が言った。椎名も邑久同様僕を名前で呼んだ。椎名に至っては僕も名字の『橘』から下の『椎名』へ呼び方を変えた。邑久はそれに不満を訴えたけど僕も椎名も無視した。  僕らの教室は校舎の端なのだけど、廊下を少し歩いてすぐに階段が在った。職員室とは逆方向だったが構わず僕らは上へ進んだ。無言で上がり続け屋上の入り口に辿り着く。三人揃って足を止め互いの顔を見合わせた。 「職員室に呼ばれたんじゃなかったっけ」と椎名。 「そうだったかしら? 私は“教官に呼ばれた”って行っただけだと思うけど」などと反論する邑久。 「てか、“教官”て誰さ」突っ込む僕。 「さぁ、誰だったかしら? ま、誰だって良いのよ。香助救出が私の使命だったの」 「使命って。大仰だな、邑久」 「椎名の言う通りだよ。まぁ、有り難う」  素直に苦笑しつつ礼を述べれば二人して「香助が礼をしたわ」「レアだな」「レアね」とか囁き合っている。短い付き合いの癖に失礼な。僕は敢えて何も言わず屋上の扉を開けた。途端風が吹き込んで来る。邑久が髪を押さえた。  ほっと息を衝く。制服のタイを指に引っ掛けて緩めた。相変わらず陽射しはキツいが、十月も序盤までは暑いものだ。今日は風が強い分マシと言うものだろう……。 「……」  前も同じことを思ったな。寮の屋上で都香と話したときか。寮と言えば。 「そう言えばさー、香助何であんなとこに在る訳? 寮の部屋!」  無意識に三人共柵に寄っていた。より風の在るほうを求めたのかもしれない。寄り掛かって早くも寮へ遊びに来ていた邑久が思い立ったのか疑問を呈する。椎名も邑久に連行されて来ていたため「ああ、確かに。結構奥に入っているよな香助の部屋」と同意した。  気付けば編入してから人は大勢僕に集っていたけれど、殊、この二人とは自然といることが多かった。成績上位者で在るせいか二人は他に垣間見える媚びが無く、またいがみ合うことも無いからだ。僕は気にもしていないけどたまにいるんだよな、勝手に敵視するヤツが。気兼ねが無いってことか。 「あー、僕も思った。奥まってるなーって。で、訊いてみたんだけど、そうしたら、“中途編入で部屋がここしか無かった。ここ以外だと学年跨ぐことになる”って言われたんだ」 「マジ? じゃあ仕方ないのかぁ」 「玄関口からも食堂からも洗濯室からも遠いよな、あそこ」 「まぁねぇ。でも学年跨ぐのはちょっとさー」  僕の引っ越した寮部屋は建物の奥、まさに突き当たりに在った。まぁ突き当たりの分、設計上の問題でお隣とは階段を挟んでいるので、独立しているようなものだから気を遣わず済むと言うのは有り難いと言うか。士官候補の寮は前知識の通り個室な上ユニットバスで、ご飯さえどうにかすれば一日部屋で過ごせる仕様だし僕にとってはそこまで不便とは感じていなかった。 「面倒なのはご飯だけだし僕的には住み易いよ」 「ええ、さみしくない、あそこ。忘れられそうじゃん何か」 「僕は良いと思ったけどな。不便は不便だけど、隣がいないのは煩わしくなくて良い」 「だよね」 「えー。協調性無いわコイツら。そんなんだと独居老人になるぞぉ。あ、けど、多少騒がしくしてもOKってことよね」  意気投合する僕と椎名を横目で引いて見ていた邑久が突如目を輝かせた。今度は僕たちが引く番だった。コイツ。 「うわぁ、邑久のヤツ、容赦無く香助の部屋溜まり場にする気だぞ」 「全力でお断りします」 「酷い! 全力って何よ!」  喚く邑久の声に僕と椎名は耳を塞ぎ知らん振りした。その反応も癪に障ったらしく一人ブーイングする邑久を椎名は宥め、僕は椎名にあとを任せて何気無く凭れていた柵の向こうへ顔を向けた。校舎は柄杓の形状になっている。訓練場と言うか演習場でも在る校庭を背にする形でだ。  上空から見下ろせばそう言う風に見える。柄杓の掬うところ、コの字に似た部分、上の横線が士官候補コース、縦線が整備士専科と一部の特別教科教室、下の横線が普通科だ。柄杓の持ち手に見える建物も教科教室だ。この建物に沿うように体育館が並列している。  詰まるところ、普通科の校舎と向かい合わせに士官候補コースの校舎は建っていて。この屋上は普通科の屋上と直線状に在って。  僕は。 「どうした、香助」 「───。……いや、何でも無い」  目敏く、硬直した僕を認めて椎名が問う。僕は椎名に尋ねられて正気に戻り再び身を翻し背を凭れ掛けた。椎名が納得するはずも無く僕の凝視していた方向へ目を向けた。「ああ、」と声を上げて椎名が「何だ」と独り言ちた。 「何々。香助どうしたの?」  僕と椎名のやり取りに邑久も不思議そうに首を傾げた。そうして椎名の目線を追う。椎名と酷似したアクションをした。 「なーんだ。普通科の子じゃない。あの子、有名よね」  僕は邑久の発言にじっと邑久を注視してしまった。邑久は視点を変えず話し続けた。 「有名でしょ。戦績優秀でさ。だけどねぇ、レポート読むと、扱いづらいタイプだと思うんだよね。必ず特攻掛けてるでしょ。先手後手、使用弾薬数とか記録で見れば過程も想像付くのよね」 「猪突猛進みたいだからな。ちゃんと指揮に従えれば良いけど、救出作戦は向かなそうだ。仲間が捕まったら平静を保てるかどうか」  すらすら暗記を諳んじるかのように分析を出す邑久と椎名。二人の平坦な口調で下される評価に僕は心の中で激しく同意した。そうなんだよな。アイツは、脇目も振らないから奇襲するのは得意だろうけどされるのは不得意だ。集中力は、称賛に値するけれど。「えーと、名前は……」記憶を探る邑久に黙っていた僕が口を挟んだ。 「都香。阿佐前都香」 「あー、そうそう、阿佐前さんね! で、何で香助は阿佐前さん見て固まってた訳ぇ?」 「クラスは違ったよな。まさか彼女か」 「違うよ」  ニヤニヤする二人を脱力しつつも一蹴した。だって違うんだから仕様が無い。「じゃあ、隣の子?」と訊かれ、初めて春川がいることに気が付いた。重ねて「違うよ」答えた。春川は都香と並んで男子の人気が高い。活発な都香と異なるクールな春川。普通科では二分していると明言して良い。士官候補コースなら、邑久も人気が在りそうだが。  二人と親しくなったと言っても都香との関係まで言う程では無いと判断していた。第一、いちいち告げる事情じゃないと考えている。  距離が在る御蔭かこっちの騒々しさは伝わらない。都香が感付くことも無かった。が、いつこちらを向くとも限らない。僕は頑として振り返らないと脳内会議で決定した。 「可愛いのに、香助興味も無いの?」  興味無いも、知り過ぎて今更知りたいと思いません。そこまで思いながら「無いよ」口では短く端的に即答した。長引かせたくない僕の心情と裏腹に関心の逸れない二人は掘り下げようとする。こんな井戸端如きに策を弄するとか嫌だしな。いや、交流だって攻防の一種では在るけどコレは絶対違うだろう。 「香助は、女の子に興味無いんだろう」 「え、まさかソッチ、」 「違うから」  うんざりしながら僕が切って捨てると椎名が喉を鳴らしながら「邑久、僕のもそう言う意味じゃない」と否定した。編入当初冷徹そうなイメージを抱いたけど、実際にはかなりの笑い上戸だ。邑久とつるむだけ在ってそれなりに他人を揶揄するし冗談も言う。無口とも予想していたがあれも早々覆された。椎名は笑いを引っ込めようと口元を押さえている。全然収まる気配は無いけれど。 「香助は、諸々在って色恋どころじゃないって意味だよ。男に関しては興味が無い以上に手厳しいくらいだろう」  見下しているんだろう? 僕は突拍子の無い椎名の指摘に「別に」嘯いた。否、嘘ではない。見下す程、相手に好感が持てないだけだ。元より集団は嫌いだ。僕のキャパシティの問題かもしれないけれども、群集と言うものはとかく囂しく息苦しい。好意を持てるなら、そばにいても疎まないけれど、個体の話だ。 「別に、見下しては無いよ。僕は自分がそんなに上等な人間だとは思っていないよ」  たとえ成績上位だろうが学年トップだろうがテスト首位だろうが、こんなものは社会に出てしまえば無価値だ。世界に通用するのは学歴でも学校でもない。“何を成したか”だ。昔からそうだが戦争をしているこの世情じゃ特にだろう。 「香助って、無自覚なんだなぁ」 「何が」  返して来たのは椎名じゃなく邑久だった。僕は怪訝な声を上げて邑久を見る。常の陽気な邑久は何処かへ消え失せて、面立ちは翳っていた。口角を上げてはいるが微塵も楽しそうでは無い。皮肉げに歪んでいるだけ。僕は邑久こそ僕を見下げているように思えた。 「だってさぁ。どう控え目に見たって線引きしてて、どう好意的に見ても周りの寄って来るヤツらを莫迦莫迦しいって考えてるんじゃないの? それって、充分下に見てるじゃない」 「……」  僕は瞬きを数回した。邑久ひめかと言う人物を僕は過小評価していたのかもしれない。伊達に成績上位にはいない。そもそも、成績上位と言うのは単純に一般科目教科のテストで決めるのではない。重視されるは戦術カリキュラム。これの出来が一番響く。お勉強が出来るだけじゃ君臨出来ない、て訳。  都香の分析もそうだ。編入前から事前承諾を取られるので知っていたが士官候補コースの戦術カリキュラムに普通科、つまり兵士コースの生徒の戦績データが参考資料として使われているのだ。模擬戦の戦績のみで個人のデータは名前が記されているくらい。都香くらい戦績が良いと名と同時に顔も知れ渡る。  だがしかし、性格まではそう易々と流布されるものでも無い。邑久はデータに書かれた使用弾薬数、模擬戦の行われた地形、各生徒の配置と結果から推測して把握したのだ。憶測と一笑に伏せないのは僕自身が、邑久の精度を実感したからだ。都香のことをも知人でもないのによくご存知で。  油断してはならない、か。 「……、莫迦莫迦しいとは思うよ。だけど、線引きしてるつもりも見下してるつもりも無いよ。壁作ったり見下す程、重きを置いていない」  そう。僕は見下してない。だって、端から気に掛けていない。邪魔だ、鬱陶しいと感じることは在ろうが、小さいことだ。楯突きさえしなければ、どうだって良い。 「眼中に無いってことか」  今まで成り行きを見守っていた椎名が口を挟んだ。僕は微笑した。 「ご名答」  僕が言うと邑久は心底疲れた顔をして「うわ、性格悪」と舌を出した。僕は「お互い様」と言ってやった。一段落した瞬間、昼休みを終えるチャイムが鳴った。 「戻るぞ」 「うわ、早く行かなきゃ怒られちゃう」  急かす椎名に大袈裟に慌てる振りをする邑久は変わり無い、僕が知る上で常態の二人だった。「まだ時間在るだろ」って僕が言えば「そう言うなら、香助遅刻したら香助が何か奢ってね」と邑久が宣い「次の授業の教官、モットーが“五分前行動”なんだ。必ず開始時間の五分前には来るぞ」椎名が要らぬ情報提供して来る。厳罰も在るぞ、なんて。僕は苦虫を潰したように顰め。 「もうちょっと早くに言いなよ」 「ほら、急ぐぞ」  ドアを開け校舎内に戻った僕たちは椎名に押されるまま急ぎ足で階段を下りた。僕は気付いていなかった。  僕たちが都香から注意を逸らして話し込んでいた最中都香が、こっちを見ていたことに。  判明したのは、僕が都香に捕まえられたときだった。  
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