第一部

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「曽根崎さん、アンタ何度言ったら分かるんだい。毎日毎日大声出して」 「あの・・・すいません・・・」 「そんな毎日毎日大声出さずにいられないってんなら、精神病院でも行ったらどうだい。こっちが病気になりそうだよ。家賃だって払ってもらってないわけだしさぁ、そっちの方がお互いの幸せのためってヤツじゃないのかい、ええ?」 大家の女性はそう言ったが、精神病院は、精神に異常を負っている者全てを入院させてくれる機関ではないし、精神障害者に安眠を妨害されている者の苦情処理場、というわけでもない。自分、あるいは他人に危害を加える恐れのある者、具体的には自傷、自殺、他傷、他殺、そういった行為をする恐れのある者が入院出来る場所なのだ。手首を切ったり、首吊り自殺を図ったりすればもしかしたら入院出来るかもしれないが、そんな真似をする気はないし、そんな贅沢が許されるような金もぼくは持ち合わせていない。 しかし、目の前の中年の女性は別に、精神病院の説明など求めているわけでは決してあるまい。彼女はぼくに「出ていけ」と、ただその一言を言いたいだけなのだから。彼女の意に反して「出ていきたくない」ぼくは、それを阻止するためには深々と頭を下げるより他にはない。
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