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「すいません。以後・・・気をつけます」
「何回聞いたかねえそのセリフは。あんたは口先ばかりだからねえ。そんなんだからいつまで経ってもバイトの一つも決まらないんだ」
大家の余計な一言に、ぼくは拳をきつく握り締めた。バイト先が決まらない事は本当だが、それは決して、ぼくが「口先ばかり」の人間だからではない。だが、それを説明した所で、どうせ聞いてはもらえない。ぼくはひたすらに頭を下げ、「すいません」と、ただそれを繰り返すしかない。大家は頭を下げているぼくの上で、「チッ」と、これ見よがしな舌打ちをし、開け放された扉の表面を苛立だしげにダンダン叩く。
「口で言うだけなら誰でも出来るんだよ。行動で示してちょうだい、行動で」
「すいません」
「それからアンタ、その首に下がってる物はなんだい?何か湿っているみたいだけれど・・・そんな妙な真似している暇があるならとっととバイトを探すんだね」
そう言うと大家は嫌悪感剥き出しの表情で、ぼくが何か言う前に乱暴に扉を閉めて行った。ぼくが自分の首に視線を向けると、そこには細く捻じくれた、一部分がぐっしょりと濡れた、使い古し過ぎて灰色になってしまった元は白かっただろうタオルがあった。猿轡、と、下品な人間なら真っ先に連想するだろうそれは、別にぼくが性癖なんて下衆な理由で自分に掛けた物ではない。悪夢で悲鳴を上げずに済むように、大家に文句を言われないために、そのために自分の口に括り付けていた代物だ。結局、無駄だったようだけど。ぼくは自分の唾液臭いタオルを外して洗濯籠に放り投げると、はあと重暗いため息を吐いて、ぼんやりと洗濯籠を眺めていた。だが、どんなに洗濯籠を眺めていたって、金が降ってくるわけでもないし、バイト先が決まるわけでもない。『人間』に関わりに行かなければならないと考えると、考えるだけで目の前が真っ暗になりそうだが、バイトの一つも決まらなければ、ここに住み続ける事だって出来ないのだ。
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