第1章

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 コーヒーを入れると、トレイに乗せてサイドボードに置く。前日に焼いていたバターロールは自信作。 「砂糖とミルクは?」 「んー……今日は砂糖一つ」  違和感でしかないのに、この男とのやり取りは自然だ。だって、私は男の名前も知らないし、出会ったのはおそらく昨晩。 「コーヒー美味いね。パンも」 「そう?」  やたらと綺麗な顔をした男は、コーヒーを飲みながら私の髪や頬に触れ、パンを口に加えたまま腰や太股を撫でる。 「あの、ねぇ。私……昨日の記憶が無いの」  男は、きょとんとしてから大きく笑い出した。 「なんだ、君も?僕も覚えてなくて、でも君が追い出さないから覚えてるのかと思った」  きっと、お互い名前も覚えていない。なのに、どうして自然にコーヒーを飲めたのだろう。 「私、陸。貴方は?」 「僕は、海」  りくとかい。彼は偽名かもしれないけれど、今の私にはどうでもいいことだった。  彼の手は、滑らかで心地好い。頬を滑る彼の手に、つい目を瞑ると、小さな笑い声が聞こえる。 「あんた、可愛いね」  全身の熱が顔に集まるのを感じると、立ち上がってキッチンへと駆け込む。何か冷たい物が飲みたい。今すぐ全身を冷やさなくては。
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