第1章

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 言われたことを理解する前に、海の柔らかな唇が私の口を塞いだ。前歯の裏側を器用になぞり、逃げる私の舌を追い掛けては絡めとる。  苦しいのと、心地好いのとで飽きっぱなしの口の端から唾液が流れる。海の右腕が力強く私の腰を抱き寄せると、更に上向いた。首が伸び、口は更に開かれる。 「美味しいね」  口元を舌で舐め上げながら、海はにやりと笑う。  シンクを背にして私は、ずるずると床に尻を着く。口の端を辿り鎖骨まで流れた唾液がひやりとした感覚を伝える。 「五時に迎えに行くからね」  にっこり笑うと、海は、バスルームへと消えた。間もなくシャワーの音が聞こえ、小さく鼻唄が聴こえてきた。  その間も、私は尻餅を着いたまま呆然としている。海の舌の動きを思い出すと、下腹がぎゅっと痛くなる。  膝を抱え、手で肩を掴む。爪が食い込むことなど気にせず、出したい声を堪えて私は泣いた。恥ずかしくて、苦しくて、申し訳なくて。海は、どうして私に触れるのだろう。こんなに醜いのに。 「陸?えっ?陸、どうしたの?どっか痛いの?」  シャワーを終えた海が、踞る私を心配している。傍に膝まづくと、肩に置かれた私の手に、手を重ねてきた。 「……大丈夫、だから」
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