鬼の子

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血を流していた。小さい頃の記憶だが、今でも鮮明に思い出す。 道場の床に、漫画で見たような量の血が流れている。伏せている少年は、気を失っている。 からかわれたのだ。私の空手の実力を妬んだのか、組手をしろと挑発された。男だから、女の私になら勝てると踏んだのだろう。 いつもの事だった。ただ、うんざりだった。実力もなく、努力もしない。それでいて、他人の功績を羨む。幼いながらにうんざりしていた。私の演舞が評価されるのは、黙々と練習に勤しんでいたからだ。 懲らしめてやろうと思ったのが間違いだった。回し蹴りを繰り出したはいいが、軸足が狂ったのだ。少年のこめかみに私の左足が打ち込まれてしまった。急所だった。 彼はそのまま、糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。頭を切ったのか、血が止めどなく流れている。 子供の声で賑やかな道場が、一瞬で静まり返った。小さな女の子の金切り声を合図に、混乱が洪水のように場内に拡がっていく。 鬼のような顔をした道場主が近付いてきた。まだ小さな私が聞いたこともないような言葉で怒鳴られ、罵られた。ただ一つ聞き取れたのは、大人たちが私の事を揶揄するときに使う言葉だった。
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