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「長崎奉行は要求された水を少量しか提供せず、明日以降に充分な量を提供すると、その場をしのぎ、応援兵力が到着するまで時を稼いだ。奉行は、食料や水を準備して舟に積み込み、オランダ商館から提供された豚と牛と共にフェートン号に送った。こうして漸くシキンムル商館員も釈放された。そしてフェートン号は出航の準備を始めた」
「ではオランダ人は皆、無事だったのですね。良かった」
「いや、良くはないのです。この後に悲しい出来事が…………17日未明、近隣の大村藩主大村純昌が藩兵を率いて長崎に到着した。長崎奉行・松平康英は大村純昌と共にフェートン号を抑留もしくは焼き討ちにするための作戦を進めていたにも関わらず、詰まるところは取り逃がしてしまった」
「イギリスの船は逃げ足も早いのですね」
「しかしです! 侵入船の要求にむざむざと応じざるを得なかった長崎奉行は、国威を辱めたとして自ら切腹したのです!」
「まあ、それは……」
「勝手に兵力を減らしていた鍋島藩の家老等数人も責任を取って切腹です」
「まあっ、お可哀想に。お身内の方は、さぞ、お辛かったでしょう」
「そうです。悪いのはイギリスであって長崎奉行ではない! 奉行はオランダ人を救ったのです! しかし、幕府は鍋島藩が長崎警備の任を怠っていたとして、藩主・鍋島斉直に百日の閉門を命じたのです」
「まあっ、藩主様まで罰せられたのですか」
「これは、大津浜・宝島事件の起こる16年前の事です。今から52年前にも、このような事があったので、幕府は宝島事件の翌年に【異国船打ち払いの令】を出したのです。しかし、」
「待って」
紫織は廊下を見た。障子は3尺だけ開けてある。
「そこに居るのは誰?」
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