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紫織が振り返ると、新三郎は梅羊羮をほおばりながら湯呑みを覗いている。
「あらあら、うっかりしましたわ。お茶を淹れ直しましょう」
火鉢にかけた鉄瓶が沸いていた。
「新三郎さま、きびしょの蓋を取って下さい」
「きびしょ? ああ、はい」
新三郎が、きびしょの蓋を取って下がると、紫織は鉄瓶で沸いた湯を注いだ。
「うふふふ……新三郎さまに蓋など持たせたと知ったら父は怒るでしょうね。内緒ですよ。その代わり、美味しい昼餉を差し上げますからね。良いですわね?」
紫織の眼と口許が軽やかにほころんでいる。
「えっ? ああ、無論です。ははは……紫織どのは話が面白い」
「面白い? ええ。新三郎さまだから遠慮なく話せるからですわ。本当はお腹がすいているのでしょう?」
新三郎がきびしょの蓋を戻し、紫織は湯呑みへ茶を注いだ。
「えっ? わかるのですか? ええ。実は腹が減ってます。昨晩から何も食べずに歩いてばかりで。いや、東藤先生にご挨拶した上で、それから江戸へ向かう途中で食事を摂るつもりでいたのです」
「まあっ! 江戸へ? なぜですの? なぜ、そのように急ぐのです? さては、お家に戻らずに」
紫織は新三郎の前へ湯呑みを置いた。
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きびしょ(急須のこと)
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