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紫織は茶を淹れ直した。
新三郎は、足を組み換えてから、湯呑みに手を伸ばした。
茶をひと口すすった後、彼はおもむろに語り出した。
「弘道館で私が学んだものは、史学です」
「史学?」
「ええ。そうです。儒学で説くところの徳分と礼節。これは君子と臣下のあるべき姿へ到達する筋道を示したものです。しかし、私は考えました。只今、求めるべきは地理と史実ではないか? これを識ることが事理を弁え、己れの役を知る事だと」
「なんだか、むずかしそう。女の私にも分かるような言葉で話して下さい」
「分かりました。ここから東へ3里行くと海に出ます。大洗です。そこから北へ那珂湊、平磯と続きますが、更に、その北方に大津浜というところが有るのです」
「遠いところですね。そこは水戸藩領なのですか?」
「そうです。藩領です。36年前、文政7年(1824年)に、この大津浜へ異国船が……イギリスの鯨捕りの船が現れて、小舟に乗り替え、12人の船乗りが予告なく上陸したのです」
「まあっ」
「この時、漁村は大騒ぎになった。これを知った中山備前守の配下役人が彼等を捕らえた。そして問い質しました。すると、船内に敗血症の者が居るので野菜と薪水を分けて欲しいと」
「ああ、そういう事だったのですね」
「いや、それにしては上陸した人数が多過ぎる。何か別の目的があったに違いないのです」
「というと?」
「それを糺すべく、藤田東湖先生が現地へ向かわれたのですが……」
「どうだったのですか?」
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