第1章

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 月々の小遣いは3万円。幸いにも良夫は酒が飲めないし、タバコも吸わないゆえ、この小遣いで何とか毎月をしのいでいる。とりたてて熱中している趣味もなく、ギャンブルをやるわけでもなく、いたって安上がりな亭主なのである。  見た目にも多分、何度か会ったくらいではほとんど印象にすら残らないのではないかと思える、まるで人混みの中に同化しているかのような、そんなごく平均的かつ平凡な中年男なのである。  今となっては、妻の和子もそんな良夫には大きな期待を抱いているはずもなく、とりあえずはリストラもされずにサラリーマンを続け、毎月の生活費を稼いできてくれる「一家の主」として、まさしく空気のような存在と考え、「夫婦生活」というよりはむしろ「共同生活」しているようなもので、今さら離婚をしても面倒だし、そこそこ生活できるのだからと割り切っているのである。  今や世の中、不景気で大企業であってもバタバタ倒れる時代であり、大型の吸収合併やら、リストラや減給も当たり前。  そんな中で特に取り柄があるわけでもなく、野心があるわけでもない良夫が重要なポストにつけるはずもなく、ひたすら日常的な業務をこなしては、ほとんど定時退社をする毎日である。  そして、家に帰れば、晩飯を食べ、風呂に入り、寝るまでの時間を取り立てて熱中するほどでもない程度でテレビの野球中継を見たり、思い立てばそれほど性能がいい訳でもないパソコンに向かい、決まった目的もなくネットサーフィンをしたりしてつぶす毎日である。  休日は、普段会社に行っている時間が妻の和子の食料品買い出しのつき合いで半分を費やされ、残った時間も何をしていたのか、ほとんど思い出せないような空虚な時間を過ごす日常である。  もちろん、良夫とて、決してそんな空しい毎日に満足しているわけではないのだが、では現状のあまりにも決まり切った自分自身の状態をどうしたら変えられるのか、となるとさっぱりわからないのだ。  気まぐれな「幸運の女神」の突然のノックというものは、得てしてそんな時に突然聞こえるものなのかもしれない。  それは、妙に蒸し暑い夏の日の金曜日だった。会社での暑気払いにとりあえず顔だけは出した良夫は、彼としては、めずらしく遅い時間の帰宅となった。  「あ~あ、暑気払いなんて、酒の飲めないオレにとっては、まったく時間の無駄、精神的苦痛もいいところだ。
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