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しかし、顔だけでも出しておかないと、つき合いが悪いだの、会社の行事に参加しないだの、何を言われるかわかったもんじゃない。
まだまだ住宅ローンもあるし、子どもの教育費もかかるから、下手なことでリストラでもされちゃ、たまらないもんな。
まぁ、もっともいつものように早く帰ったところで特に何かやることがあるわけでもなし、たまにはこんな時間に帰るのもいいか。それに明日は待ちに待った土曜日で、クソつまらない会社も休みだしな」
時刻は午後11時をわずかに回っていた。いつもとはすっかり周囲の明るさも雰囲気も違うバス停で、良夫はバスを待つ列に加わっていた。今度やってくる路線バスが最終便である。
「さすがにこの時間帯になると、バスもなかなか来ないからなぁ。まったく不便な場所にマンションを買ってしまったもんだ。最終バスまでまだゆうに30分は待つぞ」
良夫は腕時計を見ながら心の中でつぶやいた。向かい側にはタクシー乗り場がある。そこには何か急いで帰る必要性があるのか、それともバスを待ちきれないのか、はたまた方向が違うのか、すでに5?6人の列ができていた。
普段は定時に退社する良夫にとってタクシーなどはまったく縁のないものであり、見慣れない光景であり、ほんの一瞬だがあの列に加わろうか、という誘惑にかられたが、今の時間帯はすでに「深夜料金」であり、最終路線バスの運賃とは比べものにならない運賃を出費する余裕などあるわけがなかった。
良夫はポケットに手を入れて、バス代の小銭を探した。
「んっ?まいったなぁ、小銭がないぞ」
良夫は分相応の安物の財布を取りだした。
「ありゃ、今月の小遣いの唯一の1万円札が一枚かよ。まいったなぁ、これじゃバスの中で両替もできやしない。さて、どうしたものか」
駅前にはコンビニがあるから、ちょっとしたものを買って1万円札をくずすことはできるが、何やら面倒に感じた。だいたいコンビニで何を買ってくずせばいいのか、それすら良夫にはすぐに浮かばなかった。
タバコでも買ってくずすか...、愛煙家なら迷わず、そうするところだが、良夫はタバコを吸わないのだ。缶ビールでも買って帰るか...。酒を飲む男ならそう考えるだろうが、良夫はあいにく酒も飲まないのだ。
と、良夫の目が止まった。
「おやっ?こんな時間にまだ開いているのか?」
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