711人が本棚に入れています
本棚に追加
進めるつもりの無い原稿に向き合っていた。
ノックされたドアに返事を返すと、ギッと音を立ててゆっくりと開いていく。
「あの、コーヒー持っ……」
「こっち持ってきて」
咲島に背を向けたまま指示を出す。
「あんまり無理しないでくださいね?」
コーヒーと一緒に置かれた声。
こんな時でも労ってくれるのは咲島の芯が優しいからだろう。
それに比べて俺は素直になれない性。
「無理しないと書けないから」
「ですよね……じゃあ、私寝ますね」
「あぁ」
離れていく空気。
俺の中の感情はドロドロなのに、やっぱり引き留めたくなる。
それが本当の想いだから。
「あの……」
咲島の声にマグカップを握ろうとしていた手がピクッと跳ねた。
「何?」
避けて通れるなら、そうしたい。
聞かなくていいなら、聞きたくない。
「私……ここを出ようと思います」
やっぱりか……
前もってしていた覚悟など全く緩衝にはならなくて、俺の心臓はけたたましく崩れ落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!