継がれしもの

22/23
前へ
/761ページ
次へ
腕を切り落とされた直隆であったが、この状況にも関わらず切られた本人は嬉しさのあまりに、思わずにやけ顔を溢してしまう。 この腕を落とした信長は、返り血を顔面に浴びながらも真っ直ぐと此方を見ている。 今の信長は百万石以上を統べる大大名でなくば幾万の軍勢を率いる総大将でもなく、数百万人もの民を統括する君主ですらない。直隆と同じ舞台に立つただ一人の兵に過ぎない。 何とも甘美な一時か、信長が自分の為にここまでやってくれるとなれば、喜ばずにして如何にする。 「最高っうだッ!!これほど奮発されてしまえば興奮してしまうだろぅがぁッ!!」 直隆は落とされた腕など見向きもせずに、残っている左手を迫り伸ばす。 しかしまたも手は届かなかった。二人の間に割り込むように、馬廻衆が歯を喰いしばって飛び込み幾本もの槍や刀が直隆に突き刺さり突き立てられた。 背も腹も、腰も足も肩も首も突き立てられるは研がされた刃物の山。だが直隆の高笑いは変わらずに響き渡る。 「届かねぇか……俺様も友も人生全て投げ売ってやったってんのに……それでもまだ届かねぇってんのか……フッハハハハッ!!」 「儂とてそれなりの人生を背負ってるのでな。貴様の天下がある様に、儂の天下も終えさせる為に生きているのだ」 「あぁ、わかっているさ。地獄で友が待ってるんでな……先に逝ってるんで、また会おうぜぇ」 「あぁ、わかっている。また会おう、地獄でな」 そして直隆の己が意識が暗く落ちてゆく、もはや耳から音など聞こえやしないが笑みを絶やさず笑い続ける。 至福の内に果てるのだ。後悔などありはしないが心残りを強いて言うなら、景健と泰平の世とやらを見てみたくもあった事だと思いながら、全ての感覚が閉ざされていった。
/761ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4493人が本棚に入れています
本棚に追加