己の天下

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本来ならば明智軍は近江まで赴く余力などある筈が無く、雑賀衆も参戦する気はなかったのであった。しかし一人の男の決断が義景が構想した基盤の全てを引っ繰り返す。 時は遡り3日前、摂津の国に建つ石山本願寺では、その男が生気のない人形の様な表情で黙々と念仏を複写していた。 その男とは第11代法主たる本願寺顕如であり、彼は牢かと見間違えてしまいそうなほど狭く窓すら造られていない殺風景な部屋に居り、蝋燭が一本だけ火を揺らがしながら僅かに辺りを灯す。 「旦那。まだ死んだ眼をしているのか」 「……孫一か。死んだ眼……お前がそう言うのならそうなのやろな」 そんな姿を見ながら雑賀衆の棟梁たる雑賀孫一が悪態をついて詰まらなそうに言う。だが顕如は特に否定することもなく、真顔のままそれに応えた。 「旦那は迷える奴らを救うんだろ?そんなのが死んだ眼のまま説法に立てるのか?」 「……説法……私が皆に対して、話しをする資格などない」 「ぁあ?」 孫一は顕如の生気ない眼に心配をかけるが、本人は素っ気なく呟く。 「私は織田の皆さんを切り捨てたんや。あろうことか朝廷と織田に天秤を掛けて」 言葉を重ねるにつれて顕如の視線は落ちてゆく。 「全ての者を救うが本願寺の教えなどと偉そうに言っていながら、人を救う事を放棄したんや」 朝倉軍の出陣から前に事、顕如は官軍立つとの檄文を読む。その内容に心臓は波打ち、並々ならぬ嘔吐感にすら引きおこる衝撃に襲われる。 その檄文に織田家を快く思わない本願寺の徒は暴走の一歩手前までの混乱まで生じるとう事態まで制御が効かなくなった。 結果的に顕如は織田家との盟約を打ち切り、石山にて朝廷を守護せんという名目の元、何とか出兵までは踏みとどまらせて中立の立場に留めさす。
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