己の天下

8/22
前へ
/761ページ
次へ
時は移り戻り、北近江で小谷山を取り囲む織田の軍勢。この人の群れの中で織田信長と孫一が敵の城を眺めていた。 孫一は煙管をふかせているのだが、周りの家臣は信長の前で軽々しい態度は止してほしいと言わんばかりの顔つきをするも、二人は特に気に留める事無く並び立つ。 「本来なら、顕如の旦那が来るべきだったんだが、流石に朝廷へ誓書出しちまった手前に反故するわけにゃいかなくてな」  「坂本城を助けてもらったのだ。これ以上に我が儘を言う訳にはいかぬさ」 織田方の参戦を決定した顕如は、阿波から船で摂津へ渡り京に向かっていた三好軍を攻撃するべく行動に移した。 まず金にものを言わせて海賊衆を雇い入れ、無警戒の三好船団を悉く撃沈させてみせる。更に疲弊した状態の上陸中に岸から火縄銃で迎撃、畳みかけに行軍中を狙い輸送隊を集中的にゲリラ襲撃という少ない兵数を効率よく活用する。 そして兵糧を焼かれ尽くされた三好軍であったが、顕如は止めを刺す事はせずに"三好家は出陣で義理を果たした"と落とし処を創らせた上で、敢えて金銭をくれてやり駄賃を握らせて叩き帰らせた。 「まぁ、うちの旦那もこの為に結構な額を突っ込んだな」 ぼそりと呟かれた言葉に信長は雑賀衆の軍勢へ視線を向ける。 数は2,000名ほどで決して多くはないのだが、顕如が金塊で殴り付ける勢いで堺から火縄銃を大量に仕入れた為に三人に一人は完全装備を整えていた。 だが言うまでもなく、火縄銃は部品や火薬の主原料である硝石も当時の日ノ本で生産できる量は限られてしまっており、必然的に南蛮へ頼る他なく価格は高額である。 しかし信長は、それを物ともしない本気を目の当たりにしたと同時に、顕如の思いを心から受け止めた。
/761ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4492人が本棚に入れています
本棚に追加